神が泊まる村

蓋を開けたのは誰?  陰(いん)の闇が溢れた。 長編小説連載中。

先夢−雪椿 3

「お前の神になってやるっ」

   何だ?

「え?」
 呆気にとられた少年は……私だ。
 小学校高学年くらいか?相手は。

   誰だ?

 吹雪だ。
 牡丹雪が激しく降りしきっており、顔を見え隠れさせていて、良く分らない。
 多分、ぽかんとしている私と同(おな)い年(どし)くらいだろう。

「守り神だよっ。俺はお前を守る神になる為に、いつかこの村に戻ってくるんだっ」

 呆けていた私は、益々意味が分らない顔をしている。だがすぐに、頭を大きく横に振った。

「そんな事しちゃ駄目だ」
「これが印(しるし)だっ」

 言うが早いか、威勢の良い少年は自分の耳朶を掴むと、もう片方の手に持っていた安全ピンの先で、ぶつ、と貫いてしまった。
 止める間もない。

   嫌だっ。



 ぽつ……と、赤い血が雪の上に落ちた。





次回、覚醒。
つづきはこちら

先夢−雪椿 2

 誰だっけ。あれは。
 戻ってこない、のかな。

 赤い花は幾つも咲いたようだ。

   ああ、何て良く見えるのだろう。

 雪肌に散っている赤い花びらの一つ一つの色が、はっきりと見えた。
 ぼんやりとしたまま目の焦点を合わせてもいないのに。

 赤い。

 雪に埋(うず)まるようにして横たわる私の躰にも。
 赤い花弁が散っている。

 少し笑った。

 違う。血なのだ。花弁であろうなどと、浪漫的に誤魔化そうとしている自分がおかしかった。

 このままじゃあ、冷えちゃう。

 向きを変えようとしてみるが、一向に力が湧かないので、止(や)めた。

 良(い)いや。

 雪は降っても、もう幾らも積もらないだろう。後は融けてゆくだけだ。

 胸の奥に溜まっていた息を軽く吐いた。
 吐き終わると、音がなくなった。

 しん、とした、雪山の深部らしい清浄な静けさが降りてきた。

 寒いよぉ……。

   私は粗相をしたのだろうか?

 雪明りの中で、赤い花が、静かに凍り付いてゆく。

 深深(しんしん)と音も無く……。




つづく


この記事、一度載せた後、削除したり訂正した部分があります。
参考までに、元記事はこちら

※次の回で『先夢―寒椿』は終わり、『先夢の朝』が始まります。

先夢−雪椿1

 主人公の見ている夢の断片から、物語りは始まります。。。




 あれは三月の中旬だったように思う。

 雪の下に桜の蕾が付いていたのを見付け、随分早いなぁ、と驚いたのを覚えている。私が住まう村では、下旬過ぎに膨らみを付けるのが、例年通りであった。

 早い、と驚いたくらいなのだから、やはり中旬頃なのだろう。
 玄関を激しく叩く来訪者があった。

 対応には父親が出たように思う。母親も一緒だっただろうか?とにかく一足先に私は,寝床に入り微睡(まどろ)み始めていたので、戸を激しく叩く音も驚き怒鳴るような父親の声も耳には届いていたが、妙な夢だな、などと思っていた。

 母親が慌しく寝屋に入ってきて私を叩き起こした。これには吃驚した。

 私の母親と言うのは、子供の目から見ても嫋(たお)やかなおっとりとした女(ひと)で、幾ら軽めとはいえ頬をぺしぺしと叩いたりいきなり布団を剥いだりした事がなかった。それ故か、未だ夢と現(うつつ)の境が曖昧だった故か、吃驚序(つい)でに混乱してしまった。
 母親はそんな私に乱暴気味に服を着せ、丹前を羽織らせてマフラーも巻いた。

「何処(どこ)か行くの?」
「逆らっては駄目」

 押し殺した声で母親は返した。無言で私の手を掴むと玄関へと向かう。ぎゅう、と握られた手が痛かった。


 父親が玄関に居て、見知らぬ男も土間の上に居た。

 こちらに背を向け、年齢は分らない。
 立ちながら器用に貧乏揺すりをしている。今にも駆け出しそうな落ち着きのなさだ。体の揺すりに合わせて頭の先から爪先まで雪を被った粉雪が、はらはら、と降り落ちている。余程急いで夜の山道を登ってきたのであろう事が分り、今も未だ急ぎの途中である事も、子供ながら即座に察せられた。

 男は私を認めると大きく身じろいだ。逆に驚く暇もあればこそ、母親の手から私を強引にひったくり、土間へと引き摺り下ろした。

「×××××」

 この時私は、両親を呼んだのであろうが、どちらを呼んだのかまでは記憶にない。
 訳もなく不安になっていた。否(いや)。訳はあったのだろう。
 常にない母親の慌て振りや不安が移ったのかも知れなかったし、強引な男の仕草に戦(おのの)いていたのかもしれない。

 父親は板の間で仁王立ちになっていた。
 怒りを押し殺しながら伺う声で、男に向かいこう言った。
「見付けられない時、この子はどうなる」

「連れてくぞ」
 有無を言わせない男の言い様に、ぐぅ、と父親は何かを押し殺したような声を出した。

「待って下さいっ。せめて靴を」

 母親が私の足を掴んで長靴に突っ込んだ。その時になって私は漸く、両親共に部屋着のままで出掛ける様子がない事に気が付いた。

 僕だけが出掛けるの?この人と?

 行きたがらない私を母親が抱き締めた。
「粗相のないようにね。しっかりお勤めしてきなさい。大丈夫。とにかく、粗相のないようにね」

 母親が、よろしくお願いします、と言い終わらない内に、私は夜の戸外へと引っ張り出された。
 男の手に強く握られ山を下る道へと引っ張られてゆきながら、私は家を振り返った。

 玄関の明りの元、お辞儀をした黒い影が二つ並んでいるのが見えた。

 それが、両親の姿を見た最後だった。




 ぽつ、と。
 白い雪の上に赤い花が咲いた。




夢の断片は、つづく


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