神が泊まる村

蓋を開けたのは誰?  陰(いん)の闇が溢れた。 長編小説連載中。

神泊村 3

 カーン カーン カーン 

 半鐘の音が微かに鳴り響いてきた。

 三つ。


「何の合図かな」
 参詣者の男性が私に訊いてきた。

「村人を呼び集める鐘の音です。神事期間が始まると神社で村人は毎日決まった時間に沐浴を行い、神事期間が終わる迄続けます」

「神社で沐浴を?各々の家ではなく?」

「このような村ですから、日常の入浴ではなく、禊の為の湯を沸かすのは負担が……」
 言い濁ると、参詣者の男性は気付いたように言った。

「ああ。古い家ばかりだからね」
「はい。薪で沸かす風呂をもつ家が多いので。神社にある禊用の風呂も薪を使うのですが、大きくしつらえてあるので、人数を分けて湯を浴びれます」
「皆で薪風呂とは。和気藹々って感じがするね」
 朗らかな声で参詣者の男性は言い、笑い声を立てた。
 そうしている内にも、宿泊所の管理をしている年配の男性が奥の部屋から出てきた。

「皆さん、聞いて下さい」
 大広間に居る全員に私が参詣者の男性にしたのと同じ説明がされた。村人全員が神社で禊を行う事、自分も向かう事、そして、ここに居る参詣者も宿泊所の浴場で沐浴をする事。

 細かい注意事項や指示が終わると、参詣者達は戸惑いながら準備に向かった。予め準備をしていない様子から、全く禊を行う事を知らされていない事が知れた。慌しく準備が始まる中、私は年配の男性に近付いた。

「さ、参りましょう」
 私が声をかける前に年配の男性の方から声をかけてきた。

 私は、禊が終わる頃が長期奉仕希望者の到着時間と重なるから、宿泊所に残り、参詣者達と共に禊を済ませる事を言った。

「え」
 年配の男性だけでなく、私についてきた参詣者の男性も隣で意外そうな声を出した。
「光希様」
 年配の男性が参詣者の男性に向けていた顔を、ゆっくりと私に向き直した。
「村の者の禊は、神社で行う決まりになっています」
「では、奉仕希望者の到着の後、神社で行います」
「それもいけません。皆、同時に行う決まりになっています」
 繰言のように言う頑固な彼の態度に、私は少し腹が立った。
「それを言うならば……」
 宿泊所内の統率のなさは何なのだと、昨日今日始まったのでない事に対してついて出そうになった。

 ここに入った時の、参詣者達の思い思いに過ごす姿は和やかだったが、ここは憩いの場ではない。食事の片づけをするなら、皆でする。休憩を取るなら時間を決めて皆で取る。そうでなくては、日常と変わりなく、意味がない。管理を任された彼の責任だ。が、宿泊所内における参詣者達の行動の細かい規則がないのだろう。今ある規則は神事に参加する際の注意と、宿泊所内での衣食に関する大まかな決まり事だけで、それも神社の者と村人が集まって決めた事であるから、彼一人の責任ではない。それに私も先程、気ままに男性と話し込んでしまったので、強く通せないと結局、噤(つぐ)んでしまった。

 大体、規則と管理の不十分さだけでなく今の禊の件すら予定として話していない。宿泊所内は放置同然なのに対し、村の決まりは大事という態度の差が問題だ。所詮、余所者は余所者でどうでもいいという、彼を含む村全体の意識の片鱗が感じられ、そうであるならば、子供の思いつきのように、ぽんと言ったり行動で先に示しても、解決する事ではないと思えた。

 しかし……、このまま神社に向かってしまっては、長期奉仕希望者を迎える者が居なくなってしまう。

 どうすればいいのかと考えていると、胸の前に手が差し出された。
「さぁ。光希様」

 どことなく威圧的に感じ、後ろに退きたくなったが、堪えた。

「やはり、ここに残ります」

 年配の男性は溜息を吐いた。
「禊の間に誰か残る件に関しては、後で決めましょう」
「そうですね。否、今はその事だけでなく、長期奉仕希望者を迎える者が居なくては。勝手が分らずうろうろされても困るでしょう」
「それは、そうですが」
「禊は後で行います。姥様にそうお伝え下さい」
 年配の男性は渋々といった感で手を引っ込めた。

 慌しく禊の準備が続く中、宿泊所から年配の男性が出て行くと、私は力が抜けたようにベンチに腰掛けた。村の決まり事に口を出そうとした事もなく、強いて禊を遅らせる事もしてこなかった。知らず知らず緊張していたのか、なかなか立ち上がろうという気力が湧かなかった。





つづく『一郎1』へはこちら



あ、次が『一郎』の章です。間違えました。
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神泊村 2 (☆解釈コース☆用)

「そうではなく……」
 困ったように男性は言った後、私に訊いた。
「社務所にどうして神職一家が住んでいるんですか?」
 一般的な質問だった。

「確かに境内は神域であって日常の場として住まうのは奇異に思えるかもしれませんが、昔からのこの村での慣わしであり、境内に住まう者は皆、村人達の期待に応えるよう勤めております」
「だからかな。お札を売っている社務所の方が、他の神社でも、身近に感じられるのは。君はどう思う?」

 他の神社でも、と男性が強調したので、この神社に限らず神社全般に於いての話を聞きたがっているのが分った。

「簡単に言えばそうでしょう。ですが……」

 躊躇った。何故聞きたいのか、不思議に思った。

「個人的に神社のあり方について興味があるんだ。君は新しい目を持っているように感じる」
 それはどうかと思ったが、参詣者や奉仕希望者の中にはたまにこうして神社について興味があるような事を話す人が居るのは知っていた。良い傾向だろうし、応じる事も勤めの内だ。

 私は暖炉脇の長椅子に男性と共に座り、話し込む事にした。

「神の御座す場と言うと、大方本殿を指しますが、それだけではないと私は考えています」
「それだけではないとは?」
「興味を持って聞いて下さるのは嬉しいのですが……」

 真面目に聞き返してきた男性の気概を逸らそうと、目の前の大きなストーブに薪をくべた。

「念頭において貰い事があります」

「言挙げせずについてかな?」
 男性は知識があるのか、すかさずそう言って、私は頷いた。

「そもそも神道とは、遥か古代の時代に起こった自然崇拝に端を発しています。全国各地に様相も様々に、自然発生したものが始まりであり、今も各地でそれが受け継がれているが為に、一概には引っ括めない複雑さを秘めています。それ故、全国共通の規定と言うものは存在し得ません。又、その必要もないでしょう。何故かと言えば、『古事記』『日本書紀』により形に共通性はありますが、中身はどうか、と蓋を開けてみると、途端にその複雑さが顔を出し、その複雑たらしめているものは何かといえば、言う迄もなく、地域地域の誇れる特色そのものだからです。
 それ故敢えて、神の在り方や教義などに於いて確固たる、これ、という規定はありません。規定はある筈だ、と思う人は、それは自分が信じる神だけが持つ規定ではないでしょうか。
 しかし、ある程度の共通性と言うものはあるとはおもいます。水が高い所から低い所へと流れるように、当り前の如く誰でも共感や感慨を抱く事柄。例えば、農作物を育ててくれる日の光に感謝し有難みを覚えた、と言う具合で、もっと簡単でも良く、毎日当り前に登る太陽に、ある時不意に感動した。と言った事でも。時代に左右されない個人の純真さを尊重し、大切にする事自体が、神道の初源であり、中身に於いての唯一の共通性であると思います。個人の当り前の感動や崇拝を元にして、多種多様に育った歴史ある信仰のそれぞれ、それらを引っ括めて神道と呼び習わしている。神道にはそういった精神的な複雑さを含んでいるので、何に対しても確固としては言えません」

「念頭に置いておくよ。続きを話して。何故、君は本殿だけが神の場ではないと考えるの?」

「古来より、神と言うものは確たる形が無い目に見えぬもので、一ヶ所に止まる事がないとされ、祀(まつ)る行為をして初めて依代に降りてくるものである、と考えられています。因って、祀るだけではなく、より確実に依り降りてこられるよう、神がもたらす力を拡散せずしっかりと受け取る事が出来るよう、不浄を排除した場と結界が必要である、と認識されてきました。
 その祭場の発展した形が、今日の神社の多くです。
 それを踏まえると神社とは、常時その結界が保たれた清浄な場であると言え、そういう場である以上、神社の境内の至る所に神が依り憑く可能性があり、奉安する本殿だけに神が依り憑くのではないと思います。依代だけに限って降りてくるのであれば、広い境内など必要ないと思います」
「ふんふん。本殿が立派なのは?その考えでは必要ないのでは」
「いいえ。必要です。神を迎える為に、より一層不浄を排除し、かつ不敬にならぬよう、境内でも特別にしつらえた、誰にとっても恥ずかしくない上座であり、神座である。と共に、神を祀る人間にとっての目標(めじるし)の意味もあるでしょう。神は祀る行為なくしては神たり得なく、その神を認知し必要とするのは他ならぬ人間で、認識する人間が祀る事によって、初めて目に見えない『神』という形のない形が存在するのであるから、目標は移ろい易い人心にとって必要不可欠です」

「成る程。一理ある考えだ」

「理を持って、もう一つ。初めに形があるのではなく、気持ちが先にあり、祀りの本義です。その気持ちとは、例えどんなに小さな野花であっても、そこに神を感じ有難いと拝む心をもって祀れば、小さい花は小さい神になる。そんな個人の細やかな気持ち、感動や感謝が初めにあるのが本当ではないでしょうか。そして、崇める行為に移行してゆこうとも、その気持ちをもってするのが感じた神に対する礼儀であり、己への尊重にもなります。又、他の土地の神を拝するにあたっても、少しでもその気持ちをもってするのが、その土地の人への礼儀であり、気持ちを尊重する事にも繋がると思います」
「信ずるものを暗に尊重し合う。しかし、信ずるものが値しない場合は?」
「関わりあいません。己が信ずるに足るものを信じればいいのです」
 男性は驚いたように少し身を引いた。

「意見が衝突するように、衝突する場合もあるだろう」

「信仰は権力ではないので、衝突する必要はありません。各々の心の拠り所であって、それは時々で変わる場合もあります」
「だから八百万(やおろず)の神なんて、たくさんの神が居るんだね」
「衝突とは、権力や利権が絡んだ時に起きます。しかし、本当の信仰というのは、そんなものとは無縁である筈です」
「では、何と?」
「個人個人の心の問題です」

 カーン カーン カーン 

 半鐘の音が微かに鳴り響いてきた。




☆解釈コース☆から入られた方、ありがとうございますwコースのつづきはこちら

神泊村 2

 家並みが途絶えると田に厚く降り積もった雪野原が続き、外れにぽつんと鉄筋コンクリート造りの長細い建物がある。

 遠方から神社に参詣に来た人達が泊まれるよう建てられたもので、管理は村人全員が順番に行っている。中には炊事場や風呂場もあり、二階には大部屋個室と、申し分ない設備が整っている。唯、炊事洗濯掃除は、泊まる人間、すなわち参詣者がする事になっている。宿泊所と言うより、合宿所と言った方が正しいだろう。約五十人は泊まれ、既に五六人が泊り込んでいた。

 雪が入り込まないよう、二重になった引き戸式の玄関に入ると、村とは違う賑やかさがあった。朝食が済んだ頃合だったようで、食器の音やドタバタとした掃除の音が聞こえてくる。玄関の正面に暖炉の置かれた大広間があり、数人の参詣者が火にあたっていた。

 奥の窓辺には、外から食材の入った段ボールを運び込む管理の村人の姿があった。私はそこへ行き、今日の奉仕希望者がどの部屋を使ったらいいのかを聞いた。

「ああ、聞いてます」
 年配の村人はなまりの抜けた口調で応えた。近年、参詣者が増え、一度村を出て戻ってきた人が多くなってきていた。
「二階の奥の個室なんかはどうでしょう」

 一日二日で帰る参詣者とは違い、奉仕希望者は大抵長期間留まるので、妥当だと思った。

 私の勤めの一つに、余所から来た人にまず部屋の掃除を教え、神泊神社の説明や決まり事などを教える事があった。以前にここを訪れた人でも変わらない。と言っても、そんな人は滅多に居なかったが。

「何か手伝う事はありますか?」
 私は男性に訊いた。
「ないですね」
 男性は段ボールを抱え上げると忙しそうな足取りで台所に入り、奥の部屋へと姿を消した。

 辺りを見回してみてもきちんと整理されていて手伝う事などないように思えた。もうすぐ始まる禊斎に供えて用事は予め済ませてしまったのだろう。

 まだ時間があるな。

 先に布団だけでも干しておいてやろうかと、大広間の出口に足を向けた。

「神泊さん」
 参詣者の一人が追ってきて呼び止めた。

「ちょっとお聞きしたい事が」
 真面目そうな二十代後半の男性で、昨日から泊まっている人だった。
「神事がいつ行われるか、それはまだ決まっておりません」

 ここに来る参詣者は皆、神事を受けに来た人達ばかりだ。先程のように神事を行う期間は姥様の一言で決まる。しかも肝心の神事がいつ行われるかは姥様が決めるのではなく、風がいつ吹くのかというのに似て、いつとは決まっていなかった。

 今迄にも業を煮やした参詣者に何度か聞かれた事があり、てっきり今度もそれを聞かるとばかり思って応えると、男性は、今日は別の事を聞きたいと言った。
「早とちりして。何でしょう?」

「君の昨日のここの神社についての説明を聞いて、更に詳しく聞きたくなって」
「申し訳ありません……。当神社については、初日に説明した以上の事はお話出来ない事になっています」
「分ってます。僕も君のように若い人に話そうとは思いません」
 私も、参詣者の一人一人の理由は一切知らなかった。
 どうやら私はのんびり屋のくせに早とちりが得意らしい。

「そうではなく……」
 男性は困ったように言った後、私に訊いた。
「社務所にどうして神職一家が住んでいるんですか?」
 一般的な質問だった。

「確かに境内は神域であって日常の場として住まうのは奇異に思えるかもしれませんが、昔からのこの村での慣わしであり、境内に住まう者は皆、村人達の期待に応えるよう勤めております」
「だからかな。お札を売っている社務所の方が、他の神社でも、身近に感じられるのは。君はどう思う?」

 他の神社でも、と男性が強調したので、この神社に限らず神社全般に於いての話を聞きたがっているのが分った。

「簡単に言えばそうでしょう。ですが……」

 躊躇った。何故聞きたいのか、不思議に思った。

「個人的に神社のあり方について興味があるんだ。君は新しい目を持っているように感じる」
 それはどうかと思ったが、参詣者や奉仕希望者の中にはたまにこうして神社について興味があるような事を話す人が居るのは知っていた。良い傾向だろうし、応じる事も勤めの内だ。

 私は暖炉脇の長椅子に男性と共に座り、話し込む事にした。





続きを読むに長い話があります。が、物語には関係しないので読まなくても支障はありません。


『神泊村3』へはこちら


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神泊村 1

「今年も半鐘サぁ鳴りましたなぁー」
「今朝は気持ちがいい天気だのぉ。今期もとどこうりなぐぅ」
 気持ち良さそうに雪掻きをしていた村人が声を掛けてきた。
「足元サ気ぃ付けてなー。光希様」

「有難う。雪には重々気をつけてー」
 私も大きな声で返した。

 坂下の鳥居から村道が真っ直ぐ白く延び、並ぶ家々は半ば雪に埋もれている。殆どが茅葺(かやぶき)か古いトタン屋根で、日が高くなり始めた所為か、ゆらゆらと雪屋根から煙が上がっている。
 ひっそりと山間に佇むこの小さな集落は、昔からこう呼ばれている。

 神泊村(かむどまりむら)。

 懐深い出羽の山脈の中に存在し、新旧街道から遠く離れ、山越えをする峠も近くにない故か、同県の人間にさえ聞き覚えの薄い土地である。面積は本に猫の額程で、神泊神社の氏子でもある村人三十七人が肩を寄せ合うように住んでいる。
 娯楽もなく買物もままならない辺境だが、私はこの村が好きだった。




「光希様ぁ」
 思わぬ近くから呼ばれた。ふと脇を見ると、家並みの最後に当たる家の扉が開いており、小柄な老婆がおいでおいでをしていた。その背後で息子が慌てて諫めていた。
「止めろ!婆ちゃん!」

 私は息子を止め、婆さまの前に膝をついた。
「用ですか?」
「用ってほどでねぇけんど……。今朝ぁ道の先サよう見える」
「晴れてますから」
「通りサようなっとる」
「え」
「婆ちゃん!」
 息子が声を荒げた。
「滅多な事言うもんでね!ほら!光希様が怖がっでるでねが!」
 息子はおろおろとする婆さまを急かして家の中へ入って行ってしまった。
 私は小さく溜息をついた。
 変わっているのは神社の姥様だけでなかったようだ。




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神泊(旧・月森) 光希

初音 一郎

神泊喜久枝 (姥様)

斎 喜右ヱ門 (エモン)

月森 冬季

神泊 桃花

『神が止る村』 相関図
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