神が泊まる村

蓋を開けたのは誰?  陰(いん)の闇が溢れた。 長編小説連載中。

一郎 3

「固く絞った雑巾で畳の目に沿って拭き、次に乾いた雑巾で……」
 私が掃除の指示を出すと、鈴木は大人しく掃除を始めた。小気味良く畳を拭いてゆく。

 何かやっているのかもしれんな。

 掃除に慣れている風もだが、動きに無駄と言うものがない。脳と体の連絡がスムーズで、体の動かし方を知っている、そんな、鍛錬された者の動きに見えた。

 参詣者の中には様々な人間がいて、何を生業にしている者なのかと言う事を、目の見えない私は、体の動かし方から推知していた。この頃は外れた事がない程、学習している。彼の動作は、空手や合気道等の武闘家の、無駄や隙のないそれと同じに見えた。

 開いた戸口に立って見守っていると、廊下から声を掛けられた。
「光希さん」
 私を心配して二階の個室までついてきた参詣者の男性だった。

「済みませんでした。もう大丈夫です。皆さんと合流して下さい」
 私は彼を禊(みそぎ)へと促した。

 奉仕を希望した鈴木も、禊が始まっているのなら禊を、それを済ました後に、神社の説明と宿泊所の規則を教えてから部屋の掃除をさせるのが、参詣者、奉仕希望者に限らず普段の順序だったが、騒ぎのすぐ後では落ち着く時間が要るだろうし、私も落ち着きたかった。

 鈴木は、私の拳を食らったその後は急に大人しくなった。大人しくなったというよりは、しょんぼりしたと言った方が正しいだろうか。二階の個室に促されて入る時には、牢に囚人が入るような有様だった。

 落ち着いていないのは参詣者の男性一人だけで、部屋の中に向けて言った。

「神童に乱暴を働くとは何て奴だ」
「神童?」
 畳から鈴木が顔を上げて訊き返した。

 私の目の事はいつの頃からかここを訪れる信者達には事前に知られるようになっていた。

「何それ」
「この村の有名な神童なんだよ。この子は。知らないのか?そんな事も知らないで」
「あ、あの、もういいですから」
 更に言い募ろうとする参詣者の男性を止め、再度、禊へと促した。気を付けなよと一言残して男性は、言う事を言ったらすっきりしたのか、意気揚々たる足取りで階下へと向かった。

「何だ?神童って」
「あなたは何処かの道場にでも通っているのですか?」

 私は質問を無視して向き直った。

「あ、ああ。俺の家は古武術の道場でな。古武術って言えば格好は良いが、何でもアリの藪道場だ。朝から晩までこき使われる」
「何歳ですか?」
「お前と同じだよ」
「15?」
「16。え。学年は一緒だったぞ。あ、早生まれか?」
「え?」
 指摘された通り私は三月生まれだが、同じ学校に通っていたかのような、彼の言い様に驚いた。

「学校はどこに通ってんだ?」
 鈴木は雑巾を放り出して畳の上で胡坐をかき、驚く私に頓着せず、既に持ち込んだ荷物の中を探っていた。

「こんな山ン中じゃあ、通うのも大変だろ。ご両親は元気か?」
 矢継ぎ早にされる質問には応えずに私は、廊下上に誰も居ないのを確かめ、戸を閉めた。




つづく


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不可解な行動を取る光希。
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一郎 2

 窓の外にあった長靴を履いて雪の上に出た。

 宿泊所を見上げ呆けていた男性の足元には、手荷物であろうDパックがある。普段用として持ち歩く物よりは大きめだが、長期滞在するには小さいのではないだろうか。

「神社に奉仕を希望された方ですよね」
 私は言いながら男性に近付いていった。
「玄関は村側にありますのでそちらに回って下さい」

 そう言っても反応がまるでなかった。そのままとうとう私は、男性の前まで行って足を止めた。それでも男は黙って私を見下ろしていた。

 細身で、背は私より頭ひとつ分くらい高いだろうか。彼の体から放たれている光が、際限があるのだろうかと思う程、輝きを増してゆく。

「光希だろ?」
「え?」
「光希だろ」

 二度、男性は私の名を呼んだ。一度目は疑問符のついた言い方であったのに、二度目の口調は、己にも確認する口調だった。

「そうですが?」
「うわぁあああっ」

 男は意味不明な叫び声をあげながら私に抱きついてきて、全体重を預けてきた。倒れる、と思った時には、既に雪の中。冷たい感触が頭部や背中に広がると同時に、体の前面に男の体が圧し掛かってきた。

「うわぁあああっ」

 今度は私が叫び声を上げ、目鱈滅法に打って暴れた。
 窓辺から様子を見ていた参詣者の男性が慌てて飛び出してきて止めに入ってくれもしたが、男は私を離さなかった。まるで子供のようにはしゃぎながら頬擦りをしたり私の髪をメチャクチャに掻き回す。

 何だ!こいつは!

 初対面の人間にいきなり抱きつかれた事よりも、別の驚き、恐怖があった。

 ……熱い!
 布越しでありながら異様に熱い体温が伝わってきた。


「止めろ!」

 ボグッ

「光希……?」
 私の拳は見事、男性の頬に命中し、騒ぎはぴたりと収まった。




つづく


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一郎 1

「あれ?」

 参詣者の男性が素っ頓狂な声を上げた。誰だろうと言いながら南の窓辺に歩いて行く。

「君がさっきから言っていた人じゃないか?」
 窓の外を指差しながら、ベンチに座っている私に言う。
 予定の時間より一時間も早い。こんなにも早く来るのなら、迎えに出た後でも禊には間に合ったかもしれない。強いて管理人の男性を困らせる事もなかったのに。

 私は億劫気に立ち上がり、窓辺に寄った。

「君と同じくらいの年齢じゃないか?」
 宿泊所の裏手は広く、駐車スペースになっている。
「どのような人ですか?」
 私の目は物自体が放つ光で判別しているので、人間を人形(ひとがた)の光として捉え、平らにならされた雪の上に立っている男性も同様の有様に見えていた。人によって光彩や光量は違って見える。

 男性は日の光に似た光で、これ迄に見た事もない眩しさだった。

 参詣者の男性が、外に立つ男性の見た目を大雑把に教えてくれた。
 細身だが体育会系の爽やかな青年だと。

「ぽかんとしてこの宿泊所を見上げてる。まるで都庁のデカさに驚いている田舎者みたいだ」

 どうも要領を得ない。
 爽やかな田舎者?

 私も田舎者であるから、いまいち把握出来なかった。訊くよりも、本人に当たった方が早い。

 窓を開いて、鈴木一郎さんですね、と声をかけた。
 奉仕希望者名簿にあった名だ。本名かどうか疑わしい名だが、ここには訳ありの人がたくさん来るので、いちいち神社は本名かなんて確かめない。

 男性は顔を下ろしながらゆっくりとこちらを向いた。同時に光が増してゆく。

「…………」

 私は目を細めた。返答の頃合を過ぎても、尚黙ってこちらを見ている。
 どうも様子がおかしい。




つづく


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