石とピアス 5
2006-08-20
「いつからお前はそんな卑怯者になったんだ!」
私は全身を竦ませた。
容赦なく浴びせられた怒声には、純粋な怒りだけが感じられた。応えようとしても横腹の激痛に声も出ない。もし出せたとしても、小狡賢い行動を即座に看破された私には言い返す言葉などなかった。
仇(あだ)……。
彼がここに戻ってきた理由は、彼自身が言ったように、友人に対する一途に想いと、唯、約束を守ろうとする純粋な気持ちからだろう。少年のように飾らない真っ直ぐな性格である事が、話している内に分った。
それを逆に利用し馬鹿にして、怒らせた。
「何とか言えよ!!」
私は唇を噛んだ顔を畳に伏せた。
彼のような人にはこの村に居て欲しくない。
「帰れ!!」
私は痛みの中で叫び返した。
鋭い舌打ちの音がして、引き戸を開いて部屋を出てゆく音がした。
廊下を荒い足音が遠ざかってゆく。
帰れ……。帰ってくれっ。
涙が出そうになるのを、堪えた。
彼に居て欲しい。救ってもらいたい!
これから神泊神社で行われるだろう神事を知らず、受けた事もない彼には望めない。
引き戸の方に顔を向けた。彼が出て行った時のまま開いている。
遠く離れただろう彼との間に空いた空間が、無限のように思えた。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
次の章では主に、二人の昔話がメインになります。


ぽち、してくれると励みになりますw
私は全身を竦ませた。
容赦なく浴びせられた怒声には、純粋な怒りだけが感じられた。応えようとしても横腹の激痛に声も出ない。もし出せたとしても、小狡賢い行動を即座に看破された私には言い返す言葉などなかった。
仇(あだ)……。
彼がここに戻ってきた理由は、彼自身が言ったように、友人に対する一途に想いと、唯、約束を守ろうとする純粋な気持ちからだろう。少年のように飾らない真っ直ぐな性格である事が、話している内に分った。
それを逆に利用し馬鹿にして、怒らせた。
「何とか言えよ!!」
私は唇を噛んだ顔を畳に伏せた。
彼のような人にはこの村に居て欲しくない。
「帰れ!!」
私は痛みの中で叫び返した。
鋭い舌打ちの音がして、引き戸を開いて部屋を出てゆく音がした。
廊下を荒い足音が遠ざかってゆく。
帰れ……。帰ってくれっ。
涙が出そうになるのを、堪えた。
彼に居て欲しい。救ってもらいたい!
これから神泊神社で行われるだろう神事を知らず、受けた事もない彼には望めない。
引き戸の方に顔を向けた。彼が出て行った時のまま開いている。
遠く離れただろう彼との間に空いた空間が、無限のように思えた。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
次の章では主に、二人の昔話がメインになります。


石とピアス 4
2006-08-19
「この四年間の間に何があったんだ?」
一郎は憤る感情を抑えて訊いた。
光希は一瞬、怯えた顔をし、困ったような顔をした。しかしそれは少しの間で、険しい顔を向けてきた。
「約束したとは言え、子供の頃の口約束だ。何故、何の目的で戻ってきたのだ?」
質問に応える風もなく、話を元に戻してきた。見ず知らずの人間には話せないという事だろう。
一口で言えるかよ。目的なんて。こちとら、神泊村での出来事を思い返しては、あれこれ気になって悩まされてきたってんだ。それもこれも、光希がここに住み続けているんだろうと思ったからだ。光希が待っていると思ったからだ。
「好きだからに決まってるだろ。お前が」
光希は目を見開き、ぽかんとした顔をした。一郎はそれを睨むように見詰めた。「嬉しい!」と喜ぶ反応を期待した訳ではないが、理解に及ぶ前の反応をされる事を期待していた訳でも、勿論、ない。
以前は何でも隠し事なく話してくれたお前じゃないか。
光希の白い頬が薄っすらと色づいてゆく。
子供ではない、大人に向かって歩き始めた年齢だ。まともに言う言葉じゃなかった。今更ながら一郎はそう思って、己の言葉を反芻し、光希の様子に気まずさを覚えて後頭部を撫でた。
言葉そのままをまともに受け取る光希も光希だ。赤い顔のまま横を向き、曲げた人差し指を口元に当てて黙っている。
「その、何だ。アレだ。人間として好きって奴だ。妙な意味はない。ただ、約束したのは俺だし、この村を離れてからもずっとお前の事が気になって……」
途中で口元を押さえて横を向いた。
他に言い方ないのか!俺!告白みたいじゃん!
光希がいきなり立ち上がった。
「誤解するな。光希。俺はただ」
「冗談、だろう」
「違う」
「分った」
「だから俺は……、え?」
「目的を果たせばこの村から出てゆくな?」
「は?」
訳が分らない顔をする一郎の目の前で、光希は着ている白いセーターを捲り上げ、ズボンの中からシャツを引っ張り出した。腕を胸の前で交差させて一気に脱ぎ払い、ズボンの留め金にまで手を掛けて外し始めた。その時になって漸く一郎は、光希が何をしようとしているのか分った。と同時に、カッと頭に血が上った。
野郎!
畳に手を付いて重心を固定すると、目の前の光希の細い足を足で横払いした。立ち上がり、畳に打ち転んだ光希の横腹目掛けて蹴り込んだ。体が浮く程の衝撃に光希は、息の詰まった声を漏らし、腹を押さえてゴロゴロと転がった。
「人の気持ちを仇(あだ)にすんじゃねぇっ」
腹の底からの怒声を浴びせた。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
すんなりとうまくはゆかせない意地悪な管理人……。



一郎は憤る感情を抑えて訊いた。
光希は一瞬、怯えた顔をし、困ったような顔をした。しかしそれは少しの間で、険しい顔を向けてきた。
「約束したとは言え、子供の頃の口約束だ。何故、何の目的で戻ってきたのだ?」
質問に応える風もなく、話を元に戻してきた。見ず知らずの人間には話せないという事だろう。
一口で言えるかよ。目的なんて。こちとら、神泊村での出来事を思い返しては、あれこれ気になって悩まされてきたってんだ。それもこれも、光希がここに住み続けているんだろうと思ったからだ。光希が待っていると思ったからだ。
「好きだからに決まってるだろ。お前が」
光希は目を見開き、ぽかんとした顔をした。一郎はそれを睨むように見詰めた。「嬉しい!」と喜ぶ反応を期待した訳ではないが、理解に及ぶ前の反応をされる事を期待していた訳でも、勿論、ない。
以前は何でも隠し事なく話してくれたお前じゃないか。
光希の白い頬が薄っすらと色づいてゆく。
子供ではない、大人に向かって歩き始めた年齢だ。まともに言う言葉じゃなかった。今更ながら一郎はそう思って、己の言葉を反芻し、光希の様子に気まずさを覚えて後頭部を撫でた。
言葉そのままをまともに受け取る光希も光希だ。赤い顔のまま横を向き、曲げた人差し指を口元に当てて黙っている。
「その、何だ。アレだ。人間として好きって奴だ。妙な意味はない。ただ、約束したのは俺だし、この村を離れてからもずっとお前の事が気になって……」
途中で口元を押さえて横を向いた。
他に言い方ないのか!俺!告白みたいじゃん!
光希がいきなり立ち上がった。
「誤解するな。光希。俺はただ」
「冗談、だろう」
「違う」
「分った」
「だから俺は……、え?」
「目的を果たせばこの村から出てゆくな?」
「は?」
訳が分らない顔をする一郎の目の前で、光希は着ている白いセーターを捲り上げ、ズボンの中からシャツを引っ張り出した。腕を胸の前で交差させて一気に脱ぎ払い、ズボンの留め金にまで手を掛けて外し始めた。その時になって漸く一郎は、光希が何をしようとしているのか分った。と同時に、カッと頭に血が上った。
野郎!
畳に手を付いて重心を固定すると、目の前の光希の細い足を足で横払いした。立ち上がり、畳に打ち転んだ光希の横腹目掛けて蹴り込んだ。体が浮く程の衝撃に光希は、息の詰まった声を漏らし、腹を押さえてゴロゴロと転がった。
「人の気持ちを仇(あだ)にすんじゃねぇっ」
腹の底からの怒声を浴びせた。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
すんなりとうまくはゆかせない意地悪な管理人……。


石とピアス 3
2006-08-17
「来た道を戻れ」
今迄にない決然とした顔と声で光希は言った。つい先程まで一郎の事を思い出そうとしていた様子が嘘のようだ。
「済まないが、私には四年前、それ以前の記憶がない。だから、お前が誰なのかも分らない」
「何を……言っているんだ?」
たかが四年前の記憶がそう簡単になくなるものか。
現に昔に穿った耳の印に対しては異常なくらい反応があった。目が見えない光希に誰であるかすぐ分るよう、耳を穿つ者など、他に居やしないだろう。驚いたのは、誰であるか思い出したからじゃないか?
光希とは一郎は、季節を三つ、一緒に越し過ごした。
猛暑の清流。
燃える紅葉。
真白な牡丹雪。
辛そうな顔をする一郎が見えているかのように、光希は横を向いた。
「約束の事は……今朝、夢で見て思い出した。昔の事は覚えていないが、記憶を夢で見る事はよくあるのだ。いつもは同じ夢しか見ないが……。記憶の一部、約束の時の事だけを夢で見て、思い出したに過ぎない。本当に済まないが、その時の事しか分らない」
一郎には信じられなかった。とつとつとした語り様が不信感に拍車をかけた。
まるで昔の事は無意識の夢で見ないと思い出さないようじゃないか。
そんな馬鹿な話があるだろうか。
口では済まないと言っているが、その説明だけで終わらそうとしている感が拭えない。まるで一郎が存在しなかったような扱いに等しい。
記憶がないとかそんな事じゃなく、思い出したくないだけだろ!
一郎は唇を噛んで拳を握り締めた。何としても思い出して欲しくなった。
どうすればいい!?
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
まだるっこしい進行で済みません……。
ショック療法だ!→
諦めろ→
う〜ん。あ、そう→
ぽちっと一日一善、お願い致します。
今迄にない決然とした顔と声で光希は言った。つい先程まで一郎の事を思い出そうとしていた様子が嘘のようだ。
「済まないが、私には四年前、それ以前の記憶がない。だから、お前が誰なのかも分らない」
「何を……言っているんだ?」
たかが四年前の記憶がそう簡単になくなるものか。
現に昔に穿った耳の印に対しては異常なくらい反応があった。目が見えない光希に誰であるかすぐ分るよう、耳を穿つ者など、他に居やしないだろう。驚いたのは、誰であるか思い出したからじゃないか?
光希とは一郎は、季節を三つ、一緒に越し過ごした。
猛暑の清流。
燃える紅葉。
真白な牡丹雪。
辛そうな顔をする一郎が見えているかのように、光希は横を向いた。
「約束の事は……今朝、夢で見て思い出した。昔の事は覚えていないが、記憶を夢で見る事はよくあるのだ。いつもは同じ夢しか見ないが……。記憶の一部、約束の時の事だけを夢で見て、思い出したに過ぎない。本当に済まないが、その時の事しか分らない」
一郎には信じられなかった。とつとつとした語り様が不信感に拍車をかけた。
まるで昔の事は無意識の夢で見ないと思い出さないようじゃないか。
そんな馬鹿な話があるだろうか。
口では済まないと言っているが、その説明だけで終わらそうとしている感が拭えない。まるで一郎が存在しなかったような扱いに等しい。
記憶がないとかそんな事じゃなく、思い出したくないだけだろ!
一郎は唇を噛んで拳を握り締めた。何としても思い出して欲しくなった。
どうすればいい!?
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
まだるっこしい進行で済みません……。
ショック療法だ!→

諦めろ→

う〜ん。あ、そう→
石とピアス 2
2006-08-16
「お前とは子供の頃に出会っているんだ」
俺が言うと、何を言っている、とでも言いたげに光希見返してきた。
「ほんの、三ヶ月くらいの短い間だけど、お前は良く俺と過ごしてくれた。余所者を嫌う村の中で、お前だけは俺を見捨てなかった」
「え。それは……何時(いつ)の話だ」
「四年前」
光希の顔から、すっと、又血の気が引いた。俯き、どこを見ているか分らない目をしている。白い顔は元々だが、いよいよ蒼白に見えた。だが一郎には、その理由が分らなかった。何よりも、ここまで言って思い出さない事が理解出来ない。むしろ、異様なまでに警戒している様子もあって、思い出すのを拒否しているようにさえ見える。
苗字を鈴木なんて偽ったのがマズかったか……?
ふと、再会の時から光希が偽った名前で呼んでいる事を思い出した。
「はつね」
「え?」
「初音(はつね)っていうのが、俺の本当の名前」
「何故?偽るなど……」
戸惑う光希の右手を一郎は取り、自分の左耳辺りに引き上げた。光希の指が耳朶を探る。
「……ピアス?」
一郎の左耳には、シルバーのピアスが一つ着いていた。
「守り神だよ。これは、その、印(しるし)」
光希の体が、ゆらり、と傾いだ。
一郎は咄嗟に腕を出したが、光希はすぐに平衡感覚を取り戻し、畳に腕をつきながらも向き直った。
「安全ピンで……」
「そう!」
「いつかこの村に戻ってくるって約束した……」
光希の声が徐々に高調していくとともに、一郎の顔をまじまじと見詰め始めた。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
思い出したか!?→
いや、まだだろ。→
つーか、忘れるか?→
ぽちっと一日一回、お願い致します。
俺が言うと、何を言っている、とでも言いたげに光希見返してきた。
「ほんの、三ヶ月くらいの短い間だけど、お前は良く俺と過ごしてくれた。余所者を嫌う村の中で、お前だけは俺を見捨てなかった」
「え。それは……何時(いつ)の話だ」
「四年前」
光希の顔から、すっと、又血の気が引いた。俯き、どこを見ているか分らない目をしている。白い顔は元々だが、いよいよ蒼白に見えた。だが一郎には、その理由が分らなかった。何よりも、ここまで言って思い出さない事が理解出来ない。むしろ、異様なまでに警戒している様子もあって、思い出すのを拒否しているようにさえ見える。
苗字を鈴木なんて偽ったのがマズかったか……?
ふと、再会の時から光希が偽った名前で呼んでいる事を思い出した。
「はつね」
「え?」
「初音(はつね)っていうのが、俺の本当の名前」
「何故?偽るなど……」
戸惑う光希の右手を一郎は取り、自分の左耳辺りに引き上げた。光希の指が耳朶を探る。
「……ピアス?」
一郎の左耳には、シルバーのピアスが一つ着いていた。
「守り神だよ。これは、その、印(しるし)」
光希の体が、ゆらり、と傾いだ。
一郎は咄嗟に腕を出したが、光希はすぐに平衡感覚を取り戻し、畳に腕をつきながらも向き直った。
「安全ピンで……」
「そう!」
「いつかこの村に戻ってくるって約束した……」
光希の声が徐々に高調していくとともに、一郎の顔をまじまじと見詰め始めた。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
思い出したか!?→

いや、まだだろ。→

つーか、忘れるか?→
石とピアス 1
2006-08-15
「前に会った事が?」
光希は、俺が一緒の学校に通っていた事を口にした途端、さっと顔色を変え、廊下を窺ったかと思うと戸を閉め、そう訊いてきた。
やっぱり忘れちまってるのかよ。
一郎はがっくりと頭を垂れた。
光希が自分の事を忘れているのは、再会の時に分った。思い出していたなら、いきなり抱きついたこっちが悪かったとしても、あれ程パニックになって拳で拒絶するなどしなかっただろう。かつて一緒に転げ回って遊んだ事もある仲だ。
しかし、凄い警戒のしようだな。
部屋の中央に胡坐をかいて座る自分の前に、光希は正座した。真面目な顔をして応えを待っている。それが返って、全く覚えていない事が分って、再び一郎は項垂れて後頭部を掻いた。この村に来るのに気合を入れて短く切った髪がとても空しく思える。
「ちょっと待ってな」
Dパックの底から拳大の石を取り出し、差し出した。
「何だ?」
光希は不思議そうな顔をしながらも受け取った。
「絵……が描いてある?」
ゴツゴツとした粗い表面には絵の具で人の顔が二つ描いてあった。
「近付けもしないでよく分るな。目ぇ悪くなかったか?」
光希は胸の前に持った石に視線を落としている。が、その目線は、掌に載っている物を感じ取っている、付加的なものに見えた。
「手描きだろう、これは。私の目には全ての物が光って見える。理屈は分らないが、人の手によるものは大抵後々まで光が強く残り、筆や鉛筆など手書きの物は読む事も出来る。だから逆に、機械による印刷物の文字なんかは、のっぺりとして読む事が出来ないのだが……。石自体は、ここら辺の石と良く似ている」
「ふ〜ん。絵だ。それを見てどう思う」
「どう?この絵をか?人の顔……だろう?まるで鬼のようだが。牙が無い分、未だ人に近い。率直に感想を述べれば、下手、だな。……お前のか?」
「お前のだ」
「何?」
「お前が描いた絵だよ」
ぽろ、と光希の手から石が落ちた。まさか遠慮もなく酷評した絵が自分で描いたものだとは思わなかったのだろう。
「本当に忘れてるんだな。ってゆーか、これを見ても思い出さないのかよ」
畳に転がった石を、一郎は拾った。
「お前が両親の顔だって言ったんだよ。夏休みの宿題だった、自由創作だ。貰った時もどっちが父で母だか分らなかったが、今も分らねぇ」
「何!?」
「だけど、お前は、両親に見せたら褒められた、つって、喜んでた」
「な、何故、お前が持っている」
「光希がくれたんじゃん」
「嘘だ。悪いが、私には覚えがない。例え石だろうと、両親に褒められたような大事な物をあげるような相手を忘れる訳がない」
始めに光希がくれた物だと言わなかった所為か、意地を張った応えが返ってきた。口調もぞんざい加減で、まるで無頼漢扱いだ。
「これ……、本当に見えてんの?」
一郎は光希の目の前に石を持ち上げた。
「見えている」
「ふーん……。じゃあ、これ」
次に人差し指を突き出すと、光希は又不思議そうな顔をした。
「指だろ」
すっと横に切るように指先を振ると、光希の顔も同時に横を向いた。あっち向いてホイだ。
「っぷ」
思わず一郎は吹き出した。
「あははははははっ。素直なところは変わってねぇな!」
「お前っ……。巫山戯るな!」
光希は顔を赤く染め、激怒した。
良かった……。光希が昔のまんまで。
そう思って笑う一郎の顔は、心底安心したような、嬉しさに溢れた笑顔だった。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
同じようにひっかかったような気になられたら→
全くなられなかったら→
う〜ん、後一押しと思われたら→
ぽちっと一日一回、お願い致します。
光希は、俺が一緒の学校に通っていた事を口にした途端、さっと顔色を変え、廊下を窺ったかと思うと戸を閉め、そう訊いてきた。
やっぱり忘れちまってるのかよ。
一郎はがっくりと頭を垂れた。
光希が自分の事を忘れているのは、再会の時に分った。思い出していたなら、いきなり抱きついたこっちが悪かったとしても、あれ程パニックになって拳で拒絶するなどしなかっただろう。かつて一緒に転げ回って遊んだ事もある仲だ。
しかし、凄い警戒のしようだな。
部屋の中央に胡坐をかいて座る自分の前に、光希は正座した。真面目な顔をして応えを待っている。それが返って、全く覚えていない事が分って、再び一郎は項垂れて後頭部を掻いた。この村に来るのに気合を入れて短く切った髪がとても空しく思える。
「ちょっと待ってな」
Dパックの底から拳大の石を取り出し、差し出した。
「何だ?」
光希は不思議そうな顔をしながらも受け取った。
「絵……が描いてある?」
ゴツゴツとした粗い表面には絵の具で人の顔が二つ描いてあった。
「近付けもしないでよく分るな。目ぇ悪くなかったか?」
光希は胸の前に持った石に視線を落としている。が、その目線は、掌に載っている物を感じ取っている、付加的なものに見えた。
「手描きだろう、これは。私の目には全ての物が光って見える。理屈は分らないが、人の手によるものは大抵後々まで光が強く残り、筆や鉛筆など手書きの物は読む事も出来る。だから逆に、機械による印刷物の文字なんかは、のっぺりとして読む事が出来ないのだが……。石自体は、ここら辺の石と良く似ている」
「ふ〜ん。絵だ。それを見てどう思う」
「どう?この絵をか?人の顔……だろう?まるで鬼のようだが。牙が無い分、未だ人に近い。率直に感想を述べれば、下手、だな。……お前のか?」
「お前のだ」
「何?」
「お前が描いた絵だよ」
ぽろ、と光希の手から石が落ちた。まさか遠慮もなく酷評した絵が自分で描いたものだとは思わなかったのだろう。
「本当に忘れてるんだな。ってゆーか、これを見ても思い出さないのかよ」
畳に転がった石を、一郎は拾った。
「お前が両親の顔だって言ったんだよ。夏休みの宿題だった、自由創作だ。貰った時もどっちが父で母だか分らなかったが、今も分らねぇ」
「何!?」
「だけど、お前は、両親に見せたら褒められた、つって、喜んでた」
「な、何故、お前が持っている」
「光希がくれたんじゃん」
「嘘だ。悪いが、私には覚えがない。例え石だろうと、両親に褒められたような大事な物をあげるような相手を忘れる訳がない」
始めに光希がくれた物だと言わなかった所為か、意地を張った応えが返ってきた。口調もぞんざい加減で、まるで無頼漢扱いだ。
「これ……、本当に見えてんの?」
一郎は光希の目の前に石を持ち上げた。
「見えている」
「ふーん……。じゃあ、これ」
次に人差し指を突き出すと、光希は又不思議そうな顔をした。
「指だろ」
すっと横に切るように指先を振ると、光希の顔も同時に横を向いた。あっち向いてホイだ。
「っぷ」
思わず一郎は吹き出した。
「あははははははっ。素直なところは変わってねぇな!」
「お前っ……。巫山戯るな!」
光希は顔を赤く染め、激怒した。
良かった……。光希が昔のまんまで。
そう思って笑う一郎の顔は、心底安心したような、嬉しさに溢れた笑顔だった。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
同じようにひっかかったような気になられたら→

全くなられなかったら→

う〜ん、後一押しと思われたら→
