神が泊まる村

蓋を開けたのは誰?  陰(いん)の闇が溢れた。 長編小説連載中。

行こう! 2

 村から見た時は山の中腹にある家の屋根が見えたかもしれないが、山に入ると雪に凍る木々が視界を占めた。

「うわっ」
 一郎が雪に足を取られて倒れた。それを助け起こしながら私は、彼の体についた雪を払ってやった。
「サンクス」

「雪にまみれられると見えなくなる」
「そうか。お前、目が……。前はある特定の物だけが光って見えるって言ってたが、今は?」
「全ての物がそれぞれ光って見えている」
「眩しそうだな」

 私は一瞬、どう応えて良いのか迷った。何よりも眩しい光を放って見えているのは彼だ。
「そうでもない。慣れれば便利だし」

「道、分るか?」
 一面雪が厚く積もって道などないのだが、一郎の先にたって私は進んだ。物心ついた時から庭のように歩き回っていた山であるから、傾斜と木々の生え方に気を付ければ、方角を見失う事はなかった。

 雪面は春に向かって解け始め、夜には凍り、真冬の柔雪よりは歩き易い。それでもカンジキを掃いていなかった私と初音は、膝まで埋め、一足一足抜きながら進んだ。初音は始めは雪に足を取られていたが、さすがに道場の息子というだけあって身のこなしが良く、次第に歩みがよくなっていった。

「雪が深いなぁ。以前来た時とは大違いだ」
「冬……ではなかったのか?」
「八月だぜ。真夏だ」
「え」
 今朝見た夢の中では牡丹雪が降っていた。
「聞かせてくれないか?」
 振り返り言うと、初音は足を止めた。始めは吃驚したようで動きを止めていたが、次第に輝きが増してきた。私が興味を示した事が嬉しいのかもしれない。
 ふと、今日彼と会った時の事を思い出した。

「さっきは殴って済まなかった。話してくれ。出会った時の事を。思い出すかもしれない」
「ああ。いいぜ」



つづく


☆つまみ食いコース☆こちら



二人が出逢った頃の話が始まります。

行こう! 1

 私は過去を忘れる事によって多くの大事な物を捨ててしまったのだと思う。

 真心。誠意。一途。
 きちんと人と向き合う事を。

 そうした私を、少年のような真っ直ぐな心を持つ彼は、卑怯者と罵り、部屋を出て行った。私の思惑通りに運んだのだが、何故かそのまま彼が帰るとは思えなかった。

 宿泊所の風雪を遮るための二重扉の玄関が開け放しになっていたお陰で、どこに彼が行ったのか分った。外のすぐ左には白いバンが停められており、その奥にはガスボンベなど置かれた物置がある。玄関の正面はゆうに一メートル以上の積雪による除雪の雪が高く塞いでいる。右には村の中を唯一真っ直ぐに通る道があり、私はそちらに向かった。

 彼の姿が道の少し先にあった。
 声を掛けようとして躊躇った。
 まるで睨むように顔を上げて微動だにせず、村の右側にある山を見上げている。
 あの方角は……。



  山に登っちゃ、なんね。
  神社、入(へ)たもんはぁ、入るもんじゃね。
  戻りゃ。
  戻ってがんせ。

寄り添う二人w

(イラストは『聞いて聞いて、聞いて。』らんららさんから頂きましたv)

 粉雪が青空から降ってくる。まるでダイヤモンドダストのように日の光を浴びてキラキラと舞っている。雪の壁に両側を挟まれた道の上を、白いズボンとセーター、灰色のジャケット意外は白ずくめの格好をした少年がやって来る。

「不思議だな……」
 一郎から声をかけた。

「晴れてるのに雪が降っている」

 光希は一瞬気を抜かれたような顔をし、空に顔を向けた。彼の目には遥か高みを吹く強風で雲が払われた冬の抜けるような青空は映っているのだろうか。

「ああ、風花だ。。山の雪が風に吹かれて、降りて降る」
 そう説明する光希は、ここで生まれ育った。こんな光景は珍しくもない筈なのに、目を細めた顔に微笑を浮かべ、粉雪が舞う村の景色を見回した。
「真冬の振り続ける雪とは違い、いつ迄見ていても飽きる事がない、胸を打たれる美しさだろう」

 一郎は胸が詰まるような感じを受け、光希を見詰めた。
 視線に気付いたのか、無言でいたからか、至極真面目な顔をして光希も見詰めてくる。しかし、彼の目には果たして自分はきちんと映っているのだろうか。

「初音さん。あなたは神社への奉仕を希望してきたのではないのですね?」
「ああ」
 最早光希に対する怒りは消えていて、一郎は冷静な声で応えた。

「奉仕は口実だ。この村が余所者に対して警戒心が強い事は知っていたから。神事期間なら尚更、神事を受ける者以外は入れない。受けるのはごめんだし、奉仕を希望したいと嘘をついた」

「あなたは……」
「神事を受けた事がある」
 光希は息が詰まったような顔をした。

 一郎は山の中腹を指差した。

「あれ、お前の家だろ」
 屋根らしきものが雪の中にあるのが見えた。
「今は住んでいない。神社の境内にある一軒家に一人暮らしをしている」

「一人?両親は?」
 一郎が訊くと、光希は顔を伏せた。
「……亡くなった」
「え……。悪い。知らなくて」
 連絡を取っていなかったのだから知らなくて当然なのだが。
 光希は微笑んだ。

「否。あの家(や)には今は誰も住んでいない。……行った事が?」
 再びの忘却を肯定する質問。
「何度もあるよ」
 一郎も微笑んで応えた。その時、宿泊所の方から光希を呼ぶ声がした。数人の参詣者が窺いながら雪の道の上を進んでくる。振り返って応えようとしている光希の肩を一郎は掴んだ。

「あの家に行こう!これから!」
「え……、ええ!?」
「何があったんですか?」
 光希を神童と呼んだ参詣者が真っ先に辿り着き、訊いてきた。

 光希は笑顔で、何でもありません、と応えた。

「彼とは古い付き合いで、昔の事でちょっと喧嘩しただけです」
 思い出したのか?と一瞬期待する程の真実味を帯びた口調だったが、先程の質問で演技だと知れる。

 あの場所に行けば思い出すかもしれない。一緒に過ごした事のある場所だ。

「先に行くぞ」
 返事も待たずに一郎は、除雪で出来た雪の壁に取り付き登った。

 光希は止めようとして躊躇し、ふと、気付いたように後ろの参詣者の男性を振り返った。
「この事は内緒にしてくれませんか?雪には慣れてるのですが、心配掛けたくないので」
 参詣者の男性は我に返ったように頷いた。

「出来れば先程の事も」
 にっこりと光希が笑んで言うと、参詣者の男性は首降り人形の如く何度も頷いた。先程はいきなり抱きつかれて殴った相手なのに、態度の変わり様が理解出来ないのだろう。雪野原に慣れた身のこなしで登って振り返りもせず進んでゆく光希を、ただただ呆然として見送った。




つづく


☆つまみ食いコース☆こちら



やっと一段落がつき、新章に入る事が出来ました☆
ちんたらと遅い進行ですが、気長にお付き合い下さると嬉しいです☆

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神泊喜久枝 (姥様)

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神泊 桃花

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'06.7月某日『神泊村』立ち上げ
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