神が泊まる村

蓋を開けたのは誰?  陰(いん)の闇が溢れた。 長編小説連載中。

目覚め 8

「光希様!?」
「この神社には、秘事がある。それは私も話し辛い。だが、神、そのものには関係ない。秘事として秘密にしているのは、人間だ」
「な!?何を言ってるんだべ!?」
 溜まりかねた様に喜右ヱ門は叫び声を上げた。
「喜右ヱ門。かつて私の父が、この村は終いだ、と村人達に言い放った」
 喜右ヱ門は、はっとして体を固まらせた。

「本当は、この村に住む誰もが分っているのだろう。神泊りを続けている限り、この神社は、長くは、ない、と」
「そっ、そんな事サ」
「無いと言い切れるのかよ」
 無遠慮に一郎が割り込んで言うと、喜右ヱ門はきっと顔を彼に向け、お前(め)には関係無(ね)べ、と言い返した。

「村の人達は皆、終いの足音を近くに感じながらも、在り続けようと必死だ。それは、良く分る。だが、変わらなければ、この神社の秘事はいずれ暴かれ、村ごと世間から異端扱いされる。姥様は、それを分っていらっしゃるから、冬季を呼び戻したのだろう」
「姥様のお考えは……我には」
「うん。姥様の心は、私にも分らない」
 そう私が言うと、喜右ヱ門は肩の力を抜いた。
 
「だが、これだけは、はっきりと分るのだ」
「何を?……ですかの」

「冬季が宮司にならなくとも、神泊りの神事は、他に神泊りの力を持つ者が現れない限り、今の代で終わるだろう。神泊りの神事がなくなり、神主が居なくなり、特別な力を持たない人間が宮司になる事で、神社や村が抱えている秘密は、村人個人個人の心の奥底に隠され、やがてはそれも、時と共に忘れ去られてゆく。世代が変わればここは、元の清さを取り戻した、新しい神社に変わってゆく」
「……」

「それと共に私に対して秘密にしている事も又、うやむやの内に無かった事として深く隠されてゆく……。何故、私がこの神社に居るのか。理由を知らないまま、神社に、村に、時の中に、故意に隠されてゆく。それだけは、はっきりと感じ取れる」
「そっ、そんな事は無(ね)っ」

「先日、なごしという人物を居ないと断言した、村頭を筆頭とする村人達の態度が、雄弁にそれを物語っている。なごしの事だけでない。遠巻きにして囁き私に決して近寄ろうとしない態度は、私自身を知ろうとせず、存在自体を認めない、と言う事と同じ事だ」
「そっ……」
「被害妄想かもしれない。だけど、何とはなしに思っていた。もしかしたら一生、私は、神泊神社から出られないのではなかろうか、と」
 ぐっと喜右ヱ門は黙った。その沈黙が最早、決定づけられた運命を悟らせているように思えた。

「喜右ヱ門……」
 私は、私よりも小さな肩に片手を置き、もう片方の手で胸の内ポケット辺りを握り締めた。
「私は、喜右ヱ門やチヨ婆さまだけを頼りに自分が何故、ここで、生き、生かされているのか、それを知りたい」
「……知らなくても良い事サ、ある……」
「喜右ヱ門。消されてゆくような恐怖を感じながら知らされないまま、生き続けるなんて人生は甘受出来ない。私だって生き、心がある。見て見ぬ振りを続けてゆく事は、もう、出来ない」
「我が……。我が居るでの……」
「分ってるよ……。だけれど……、やがて訪れる神社の転機と共に、皆から隠され忘れられてゆく。時の流れ、村人達の気持ち。それは、喜右ヱ門でもどうにもならない事だろう?」
 彼の体が強張ったのが手から伝わってきた。

 私が再度、静かに名を呼ぶと、
「……へ……ぇ」
 と、消え入りそうな声が返ってきた。

「喜右ヱ門が話し聞かせてくれた事は、全て信用する。せめて、……騙すのは止めておくれ」
「だっ、騙すなどとっ」
 喜右ヱ門は弾かれたように顔を上げた。
 私は、じっと彼を見詰めた。
「へぇ……。分り……です……の」
 肩を落としながら喜右ヱ門は応えた。
 小さく途切れがちな応えだったが、私にはそれだけで十分だった。
「有難う」
 村ぐるみで隠す以上、安易なものではないだろう。そして、それを黙っていなければならない彼の立場も又、難しいものだろう事は、想像するまでも無い。それに所詮、私一人の暴走に過ぎないだろう。この村の感覚では。

 ただ、喜右ヱ門には、村に神社に、独り立ち向かおうとする私の気持ちを知っていて欲しかった。

「喜右ヱ門が教えてくれた、という事は、誰にも喋らないよ。これだけは、しっかりと約束する」
 私から手を取ると、ぐ、と力が籠められてきた

「光希様……」

 喜右ヱ門に私は無理強いしている。この手の温もりを失うかもしれない。

「光希様は……一郎を頼りにしてるんだべ?」
 不意の喜右ヱ門の率直な質問に、私は笑った。
「だからと言って、喜右ヱ門を頼りにしてない訳では、決してないよ」

 心の頼りは握り返してくれた手の強さ。
 私も力を籠めて握り返した。

 一郎は私達の遣り取りを、腕を胸の前で組んで聞いていた。
「一郎」
「何だ」
「私は覚悟を決めた」
「そうか」
「だがお前は、元々この村とは関わりのない人間だ。それ故に、いつでもリタイヤ自由だ。それだけは言っておく」
「しないって」
 底が無いような明快な応えに私は微笑んだ。

 息を大きく吸い込み、吐きながら空を見上げた。
 青い記憶はない。不可視の光を見る私の目には、昼も夜も関係なく暗く、ただ太陽が丸く眩しく光り、物が放つ光が見え難いか見え易いかの違いだけであった。それでも一郎の傍に居ると、抜けるようなと言われる青さが心の中に広がるようだった。

 暗闇を突き抜けるような光は道標。

「では、神泊神社の歴史を話そう」




つづく「参道1」へはこちら



今回で「目覚め」終了です。
のちは、下り一方、堅苦しい話ばかりになるかと思います。
(落ち込むところまで落ち込まないと復活しない、管理人の性をなぞらえて!?)
ドコまで落ち込むか、ある意味見もの?(苦笑)
いえ、真剣に、時にはふざけて☆進みますv

目覚め 7

「さて.。まずは」
 踵を返して私は、一郎に向き直った。
「先程一郎が訊いた、あぶれた神について話そう」
「ああ。何処に泊まるんだ?」
「あそこ。神社の背後にある、小さな山。そこに散らばられて祀られた岩岩に泊まるのだ」
 ぎょっ、として喜右ヱ門が一歩踏み出してきた。
「光希様っ?教えるというのは、御神体山や、拝殿の歴史の事ではありませんでの?」
「うん。成り立ち以前から話したい」

「光希様……。一度神事を受けているとは言え、こいつ、否、この人に、そこ迄お話になられるのは。余程縁のある信者にしか詳しく話した事はありませんでの。いけません」
 常にない咎める口調で、喜右ヱ門は言い、一歩も辞さない構えで結んだ。

 神泊神社の歴史の大筋は、公に知らしてはいるが、詳しい話は一切秘事だった。
 だから止めるのは分らないでもない。
 だが、私はしかし、彼に対しても疑念を抱いていた。

 四年前迄は喜右ヱ門も、私に対して村人達と同じ態度であった。それが今や様付けで呼ぶようになっている。
 そうなったのは私が養子に入ってからだが、斎家は代々、神泊の血筋に取り込まれながらも、常に神泊神社の中に居て奉仕し続けてきた家系であり、村の誰に対しても逆に同じ態度という事はなく、様付けで呼ぶ事はしない。形式的な養子相手に呼ぶ理由にしては、弱過ぎる。
 斎家の者が様付けで呼ぶのは、神と時の神主、そして、その極々近しい血縁者だ。
 今、頑なに決まりを守ろうとする彼には、村人以上に守る何かがあるように思え、決まりを盾にしているだけにしか思えない。

「何故」
「へ?触るべからず、の秘事でございますでの」
 私はゆっくりと顔を山に向けて、言った。
「……神社に、秘密はない」



「目覚め8」へはこちら



喜右ヱ門のイラストも描こうかなと思うのですが、
(前回の絵の手前の手は、喜右ヱ門の手のつもり♪)
一番イメージしにくい人物かも……。
今後彼は、少しの浮上を繰り返しながらも深みにはまって行く予定……。
余計に掻きづらいがな(T▽T;)

目覚め 6

「この道が、神が通る道だって?」
 一瞬ぽかんとしたのか、空気の甘い風船のように、一郎の光は輝きの張りを失った。口の威勢は変らない。
「……少し先走った説明をしたようだな」
 鵜呑みにしても聞き流すにしても、どちらにしても良いとは言えない内容だ。
「歩きながら話を続けよう。一寸(ちょっと)待っててくれ」
 その場に一郎を残して私は、社務所の表玄関ではなく、参道に近い勝手口へと足を向けた。
 喜右ヱ門に起き上がれるようになった事を言いに行くべきだろう。

 姥様に直接伝えに行かなくとも、大抵の事は彼に言えば伝えてくれる。
 チヨ婆さまは私の家でまだ朝食の後片付けをしているので知らないだろうし、彼もまたこの時間は神職家族の朝食の後片付けをしている筈だ。
 しかしそうするまでもなく、喜右ヱ門が折り良く勝手口から出てきた。

「光希様」
 蒲公英(たんぽぽ)の綿毛のような柔らかな光が雪の上に放たれる。
「熱は下がったので?」
 いつかの朝と同じように駆け寄ってきて手を取った。
「平熱に戻ったよ」
「無理は禁物ですの。……あの、それで、なして初音さんも?」
 喜右ヱ門は気まずい様子で私の後ろに立つ一郎を窺った。
 知らない仲ではない。だが名で呼ばず、さりとて、姓で呼ぶ礼儀を守った様子から、飽く迄も仮の氏子として扱おうとしているのが分った。
「奉仕の前に、神泊神社の歴史を教えようと思ってね」

 握った手に、ぐ、と力が籠められてきた。

「教えるのですかの?」
「うん」
「あ。光希様にと言付かってきた物サあります」
「え?何?」

 手紙だった。

「誰からだ?」
 一郎が覗き込んで訊いた。
 私は上着のジッパーを下げ、内ポケットに仕舞った。

 切手も消印も無ければ住所も無い、宛名すらも書かれていない白い封筒。

 訊かなくとも私には、誰からなのか分った。

手紙

「今の神主様からだ」
「ああ。かれこれ一ヶ月近く滞在して、境内にも出入りしてるっつーのに、一度も姿を現さない謎の人物だな」
「姥様と同じ様に滅多に自室からお出にならないからな」
「隠すこっちゃねぇだろ」
「え?」
 と、驚いた私から一郎は、一寸(ちょっと)上体を引き、私以上に驚いた様子を見せた。そして私の胸を指差した。
「手紙」
「あ、ああ。長く臥せった時や後に、気遣う内容の手紙をこうしてたまに下さる」
「村の連中の話だと……、温和で優しく、控え目な好人物らしいな。どんな人物なんだ?33にもなって家に籠り切りなんてよ」
「好きで籠っている訳ではない。私と同じ様に、あの方は体が弱くていらっしゃる」
「そうか。それで手紙を……。いい奴だな」
 同じ苦しみを分り気遣ってくれる奴が居て良かった、とでも聞こえるような優しい声だった。
 私は微笑んだ。

 
 姥様の一番下の息子である神主と、他の兄弟達、桃花も居るだろうに、社務所はしんとして静寂を守っていた。まるで人が居ないような静けさだ。

 一人きりで……。

 いらっしゃるのだろうかと、社務所を見上げて思案に耽った。
 手紙の主とは実際に会って話をするどころか顔を合わせた事もなく、一年近く経っている。姥様に逆らった晩からいくら考えても、これで良いのだろうかという悩みは消えない。
 目を瞑りながら口を閉じて深呼吸をした。

 心が進みたがっている。

 社務所から決然とした意思で視線を外した。
 喜右ヱ門に向き直ると、彼の方から話しかけてきた。

「中にお入りにはならないので?」
「このまま外で話そうと思う。その方が気持ち良いだろう」
「我もご一緒して、宜しいですかの?」
 良いよ、と私は快諾した。

「喜右ヱ門にも是非、聞いて貰いたい」




つづく


☆つまみ食いコース☆こちら




今回、イラストを載せてみました。
鉛筆書き。しかも消しゴムをかけない下書のまま。
その上、携帯撮影なので、ボケ加減。
「ま、いっか」の精神でv

目覚め 5

 背後に参道。
 右手に社務所。左手は参道から続く杉林。
 そして正面には、古びた小さな木造の建物がある。
 拝殿だ。

 家を出て、一郎と共に坂を上った私は、参道を振り返った。真っ直ぐに杉林の中を延び、除雪が終えられている。
「慣れたか?雪掻きには」
 鳥居までの朝の雪掻きは私の奉仕の一つであり、今は一郎が代わりにやっていた。平らに雪が整えられ、緩やかに延びた坂の様子は、慣れた私がやったのと変わらなかった。
「今では引っ張りだこにされる程の熟練振りだ」
 村の中にはまだまだ若い手を必要としている年寄りが居る。どんなに虫が好かなくとも、頼まれたら断れないのだろう。熟練と言うからには相当仕込まれたのだろうが、やらずにはおけないのは彼が優しいからであろうし、他に体の動かしようがなかったのだろう。

「冬季はどうしている?」
 ボディー・ブローを食らいつつも一郎は、宿泊所で共に過ごしていると、寝込んでいた間に教えてくれていた。
 冬季は学校から帰ると、ずっと宿泊所で過ごし、夜、姥様の息子から神社の経理を教わっているらしい。土日であっても杉林の家に見舞いに来た事がない。
 木曜の今日は既に学校に向かい、いつも通り戻りは夕方だろうと、一郎は憮然として応えた。
「つまらねぇよ。あいつと居ると。俺は高校に行ってないから色々訊くんだが、ちっとも喋りゃしねぇ。それでも前よりは喋るようになったかな」
 一郎は寝込んでいる病人相手でも構わず喋り捲る。
 渋々応えているのだろう冬季の様子が目に見えるようで、私は苦笑した。二人が徐々にでも仲良くなってくれれば、良い。

 再び拝殿に向き直った。
 拝殿の背後には低い山があり、その背後には更に、高い峰が聳(そび)えている。
 遥かに高い。
 低い方の山を見据えてから、また、参道に向き直った。

「杉林の中を参道が真っ直ぐに通り、そのまま村の中心を真っ直ぐに通っている。見えるな?」
「ああ。この村に入るのにも出るのにも使う、唯一の道で、そのまま行くと平野にまで出られる」
「そう。神泊村は、神霊、神の通り道の上にある」





つづく


☆つまみ食いコース☆こちら




連載再開と共にテンプレ変更しました。心機一転♪
第三章の題名も「神が通る道」に変更しました。
のんびりとした管理人にもかかわらず待って下さった方、
これからもよろしくお願い致します。

目覚め 4

「前にも言ったけれど、何も直系の者だけが神主になるのではなく、神がお泊りになった人間が、この神泊神社では神主になる」
「一寸待て。確認させてくれ。神泊りってのは、神事を行うから、神が泊まる訳じゃねぇんだな?」
「そう。飽く迄も神泊りの神事は、神がお泊りになってから執り行われ、体からお出になる迄終わらない。順序が普通の神懸かりとは違う」
「分った」
「一郎も知っての通り、一つの季節に神は何回もお泊りになられる。しかし、同じ神ではなく、違う神であり、複数だ。一度お泊りになられた神が、同じ時期、又お泊りになられる事はない、らしい。それについては確かめる術はない。数も決まってはいない。どうやら、その時の神主の、神泊りの能力や体調によって変わるようで、毎年、数も違う」
「ほー。もし、泊まれなかった奴がいたらどうするんだ?」
「奴?」
「神だよ」
「これゃっ」
 チヨ婆さまが一郎の正座の尻をべしりと叩いた。
「神様を侮辱すっだ、分(わが)んねぇ子だのっ」
「すまねぇ。怒んな。婆ちゃん」
 慌てふためいて一郎は謝った。
「二度言(へ)っだらば、尻叩(はだ)ぐだけで済まねど」
「はい。肝に銘じます」
 お灸を据えるチヨ婆さまの声に容赦はなく、土下座で一郎は低頭を繰り返した。ニ度と奴呼ばわりをしない事を誓うと、そだか、と言ってチヨ婆さまは、和やかな雰囲気に戻り、食後の茶を淹れに立った。
「……一郎は良い子だね」
 ぶっと吹き出す音が一郎の方から立った。
 幼い子に言う言葉だったか、と思い、味噌汁の椀を卓袱台に置いて噎せ続けている一郎に向かい、言い直した。
「年寄りや家族を大切にする人間だよね」
「……ぶふっ。じゃあ、俺の家族になる?」
「それは……突飛な案だな。申し出は嬉しいが、そうそう頭に浮かんだ事を口にしてばかりいると、又ごしゃがれるぞ」
「……」
「それよりも先程の話の続きだが、一郎が指摘した通り、全部の神がお泊りになる訳ではない。だが、通り道になっている以上、神はこの村をお通りになられるのに変わりはない。神主の体にお泊りになられなかった他の神々は、他の場所にお泊りになるとされている。その場所は……。聞いているのか?一郎」
 黙々と食事を続けていて、それが余りにも専念している様子なので、よもや聞いていないのではと疑い、訊いた。
 ああ、と気の逸れた返事が返ってきた。
 もう飽きたのか。こいつは。
 私は嘆息した。

「食事が終わったら外に出よう。体を動かした方が良さそうだ。私も、今日は奉仕に戻る。……その前に、お前に話しておかなくてはならない事も、ある」

「良し。分った」
 今度はしっかりとした返事が返ってきた。




「目覚め5」へはこちら



前の記事で、光希がエモンを姥様の甥、なんて言ってましたが、間違えましたっ。
申し訳ありませんm(_ _ )m訂正しました。
正しくは姪の子供です。めいっこ??って言うんでしたっけ???

目覚め 3

 体のビクッとした震えで目が覚めた。
「おはよう」
 すぐ隣から明るい声がした。
 一郎だ。
 布団の脇の畳の上にうつ伏せで寝転がっている
「光希でも朝立ちすんのな」
 言われて、布団の中に一郎の手が潜り込んでいる事に気付き、驚いて大きく叫び様、布団を跳ね上げて起き上がった。そのまま厠に逃げ込んだ。

「朝立ぢぁ、元気の証拠の。みぃ様」
 部屋に戻ると、喜右ヱ門の祖母の笑い声が私を迎えた。
「チヨ婆(ば)さま……」
「あっはっはっ。俺ぁ心配だったよ。あんまり可愛い顔して寝てっから、もしかしたらしねぇんじゃねぇかってな。良かった良かった」
「何が良かっただ」
 私の代わりに布団を片し始めている一郎に一瞥をくれて、台所に立つチヨ婆さまの隣に立った。
「後、自分でやります」
 チヨ婆さまは味噌汁の具を切っているところで、包丁を受け取ろうと手を出すと、体温計が差し出され、受け取った。
「体の塩梅は良ぐなりましたかの」
「お陰さまで」
「良(い)がっだ良がっだ。念の為、熱サ計れ」
 乱暴な口振りとは反対にチヨ婆さまは、和やかに場を譲り、戸棚から茶碗類を出し始めた。煮物や山菜漬けを手早く盛り付けてゆき、それを、卓袱台を出した一郎が次々と運んでゆく。二人の呼吸は、今ではぴたりと合う見事なものだった。
 前に、道場でこき使われている、と言ったが、どうやら家でもそうらしいな。
 体の大きな一郎がこまめにせっせと動いているのがおかしい。
 私は破顔して水銀の体温計を脇に挟み、味噌汁の続きを作り始めた。
「大丈夫か?」
 すぐ後ろから声を掛けられ、吃驚した。
 鍋の底に味噌を溶いていたお玉のぶつかる音が立つ。
「大丈夫だ。もう、治った」
「そうか。いや、今訊いたのはその事じゃなくてな、料理なんて出来るのか?」
「これでも日頃、自炊で暮らしている」
「目分量なんてぇよく言うけどさ……」
 心配気な様子で一郎は、鍋の中を覗き込んだ。
 量を目で見て覚えるのを目分量というのだろう。
 私の目は細かい分量までは分りかねた。見えるのが光であるが故に、特に立体的な物の様子を計るのが苦手だった。
「それは……だな。勘で」
「勘っ?勘で飯作るってかっ」
 それはいいと、一郎は笑い出した。
 言い返せないでいると、私達の背後にチヨ婆さまが立った。
「みぃ様。塩梅は」
 私は体温計を抜いて渡した。
 体温計を見たチヨ婆さまは、平熱に戻っていると言い、割烹着のポケットにしまった。
「笑い過ぎだぞ!お前!」
 良かった良かったを繰り返す彼女の後ろでは、一郎が尚も腹を抱えて笑っていた。


 チヨ婆さまは社務所で既に朝食を済ませてから来ているので、私と一郎だけで食事を始めた。
「婆ちゃん。訊きたい事があるんだが。いいか?」
 一郎の言葉遣いは相手が誰でも変わらないらしい。
 一方、チヨ婆さまも、一郎の事をやんちゃ坊主とでも思っているのか、何だべ、と喜右ヱ門に対する時と同じ口調で応えた。
「エモンの母親は、何で死んだんだ?」
 チヨ婆さまにとっては息子の嫁の話である。ついでに言えば、チヨ婆さまは姥様の妹であり、喜右ヱ門は姥様の甥の子にあたる。
「崖から落ちたんだの」
 チヨ婆さまは常と変わらない口調で応えた。
「夜の事だがら、足元が見えねがっだんだべ。かわいそうな子だ。」
「何で夜、崖なんかに近付いたんだ?」
「山神様が呼んだんでねか。あれはの。前の神主を務めでたんだ」
「何っ。神主!?おいっ。光希っ」
 私は、箸を持つ手を止め、茶碗を卓に置いた。
「うん。そうなのだ。今の神主を務めておられる方の前は、喜右ヱ門の母親が務めておられたのだ。一郎が神事を受けた時の神主は、多分、喜右ヱ門の母親だと思うけれど……。チヨ婆さま」
 確認の顔を向けると、チヨ婆さまは、そうですのと、のんびり頷いた。



「目覚め4」へはこちら



天気予報では明日、木枯らし一号が吹き荒れるとな。
はて?私の家の周りではすでに強い風が吹いているのですが?
もっとヒドイ風が吹くのでしょうか。
皆さん、体調には十分お気をつけ下さい。


光希がエモンを姥様の姪と訂正しましたが、管理人の勘違い。
甥でしたので、訂正し直しました。
すでに読まれた方、始めの訂正を追っかけてくださった方にはごめんなさいです(>_<)
頭の中の相関図を書き直してくだされ〜。

目覚め 2

「一つだけ心配な事があるんだ」
 いつにない真剣な声に、私は布団に潜り込ませていた顔を出した。
「家を出てくる前の夜にあいつに言われたんだが」
「あいつ?……ああ」
 例の幼馴染とかいう近所の宮司の息子の事だろう。
 一郎は山家の時のように胡坐をかき、膝に肩肘を立てて顎を乗せ、思案気な様子をしていた。

「何を言われたんだ?」
「神社は歴史の鏡である。その土地の歴史を知りたくば、その土地の神社の歴史を知れ。とな」
「うん」
「は?何でお前はすぐにそう納得するんだ」
「え?」
「この期に及んで俺は考えが纏まってねぇのに」
 私は子供のような拗ねた一郎の応え様に少し笑い、ゆっくりで良いよ、と促した。

「あの婆さんを締め上げれば事足りると思ってたんだが、どうやら思ったより一筋縄じゃいかない相手のようだな」
 姥様に歯向かったあの時の声は階下にも聞こえるほどだったと、後に食料などの配達がてら見舞いに来た喜右ヱ門から聞いた。

「だけど、ただトップに立っているだけに過ぎないだろう」
「何故そう思う?」
「この村は殆どが神泊姓で、同じ血筋だらけだからだ。自分が口を閉じてしまえば済むという事を、あの婆さんは分っているんじゃないか?」
「そうだな。そうかもしれない」
「そうだよ。村の連中は言いなり。あいつらが隠している事は、ここの神社が長年隠している事で、その逆でもあるんじゃないか」
「ん?」
「神泊神社が大切にするのは、神事、だろう?」
「うん。始めに神泊りの神事があって、神泊神社がある」
「そこがうまく納得がゆかねぇ。神社は祀るだけの場所じゃないのか?何故、そうも一つの血筋や神事一つに固執するかねぇ。……分らねぇが、何もかも神泊神社が絡んでる以上、あの連中が隠す事はここの神社が関係しているのは確実で、婆さんはそこんとこ美味く立場を利用して村人全員の弱みを握ってるだろうから、崩すには一番手強い相手だ」
「怖くなったか?」
「あ?馬鹿言え。婆さんや神社が怖いんじゃねぇ。五百年続く血筋だとお前の父親が言っただろ。神泊の血筋、そいつらが祀っている神社の歴史。……今更遠慮する俺じゃないが、どうもなぁ」

「そうか」
 一郎の言いたい事が漸く掴み得た。
 ……あの一郎が随分と思慮深い事を考えるようになったもんだ……。
 村人達に食って掛かっていた頃の一郎を思い返しつつ感心しながら応えた。
「神社の歴史を知るのは、代々この土地に住んできた人達の歴史を知る事になる。しかも、この村に於いては、公に出来ない神事が関わっている以上、その人達の隠さなくてはならないような事、都合の悪い事をも、確実に掘り出す事になる」
「俺達が知りたい事は、まさにそこだ。口の堅い連中一人一人に当るより、先に大まかでも事情を知った方がいい。それを考えた時、言われた事を思い出したんだ。決して良い事ばかりではないから、余所者が無遠慮に首を突っ込むなってな」

 確かに。まともに向き合おうとするならば、五百年の歴史はそう軽くはない。
もしかしたら、姥様が一郎を不問に留め置いたのは、たかが子供一人が増えたところで所詮は何も出来ないと思ったからかもしれない。

「止めるか?」
「両親の死の追求を諦められるのか?」
 即座に切り替えされ、私の体が緊張に強張った。

 私も村や神社と対峙するのに、躊躇や不安がない訳ではない。逆らえばどうなるのかという心配がいや増しに重く圧し掛かっている。私自身血筋かもしれないとあっては、やはり謎を抱える神社内から崩してゆくべきであろうし、それも一筋縄にはいかないようにも思える。しかし、それに対する以上に今は不安な事があった。

「諦められる訳がない」
 決意を籠めた声で私は言った。
「じゃ、まずは神泊神社の歴史だ。熱が下がったら教えろよ。光希が知ってる限り、全部だ」
「分った」
 どうもなぁ、と渋い様子を見せつつも既にそのつもりだったのだろう。嬉声で応え、また私の頭を撫でた。

 全てを話し終えた時、直情径行の一郎がどのような反応を示すのか。考えなくもなかったが、この時の私はまさかあんな手に打って出るとは思いもしなかった。

 自分の為にも、両親の為にも、知らなくてはならない。

 一度寝込むと長い質(たち)で、熱も下がり起き上がれるようになった頃には、月も変わり、三月の半ばに入っていた。



『目覚め3』へはこちら




お久し振りです。
最近また忙しくてこの後の原稿の用意がありません。
(何だかこんな事ばかり言ってるわ。私)
次回は喜右ヱ門の祖母も交えた朝食から始める予定。
間がそれまで空きそうですが、「まだかな〜」とお暇な時にでも覗いてやって下さいw

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神泊(旧・月森) 光希

初音 一郎

神泊喜久枝 (姥様)

斎 喜右ヱ門 (エモン)

月森 冬季

神泊 桃花

『神が止る村』 相関図
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『神泊村』相関図


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