神が泊まる村

蓋を開けたのは誰?  陰(いん)の闇が溢れた。 長編小説連載中。

神泊りの歴史 7

 道に脇に私と一郎は身を寄せた。
 一人、二人、と村人達が前を通り過ぎて行く。
 全員が通り過ぎると私達は参道を上った。
 人の姿は無く、元の神社らしい静けさがあった。

「村では止めるような事は、しない」
 雪の上で足を止めて私が言うと、不思議そうに一郎は見返してきた。
「村から出られない、と言った事についてだ。」
「それか」
「神社も、しない」
「黙って喜んで見送る訳?」
 幾分、皮肉交じりに一郎は返してきた。
「否。只、戻ってくるだろうと思っているのだと思う」
「何?どうしてだ?」
「村人達が話しているのを立ち聞きして知ったのだが……」
「光希でも立ち聞きなんてすんのか」
「偶然だ。どうも、自分の意思とは関係なく、村から出られないらしい。出る事は出来るが、およそ神事期間が始まる時期になると、この村に戻って来たくなるそうだ」
「何だそりゃ。祀りが恋しいってか?」
「口では上手く表せないらしいのだが……、何となく体が帰りたがるそうだ。血が濃い程、その傾向は強いそうだ」
「ち?」
「私が思うに、長い間神泊りを受け継げ続ける内に、今や岩の代わりになった血が、ここの土地に帰りたがらせるのではないかと」
「じゃ、お前、ここから一生、離れられねぇじゃん」

 早々決め付けた言葉に、カチンときた。
「未だ私が血筋の者だとは、決まっていない。大体、出る事自体を姥様が禁じたのだ。自然に体が出る事を拒み戻らせようとするのなら、敢えて禁じたりしないだろう」
「じゃ、血筋じゃねぇんだ」
 次から次へとぽんぽんと判子を捺されて返されるような返事に、私は軽い溜息を吐いた。

「あの姥(ばば)は何か理由があって、お前を村の外に出したくないんだと思うぜ」
「理由?どの様な?」
 一郎の声は真剣そのものに聞こえるが、様子がどことなくウキウキとして見える。
「さぁ?俺の勘だよ。だけど、絶対に何かある。絶対に、だ。尻尾を掴んでやる」

「長く話した神泊の歴史の話は、決して楽しい話ではない。お前の気持ちを聞こう」
「あ?何?」
「リタイヤはいつでも可能と言った件だ」
「話をした事で俺が怖気づくと思ったか?もう前から腹を括ってる。この先もな」
 当たり前の様に一郎は応えた。

「軽率な行動は慎めよ。分っただろう?村人達も真剣なのだ」
「あ、……ああ……」
 打って変わって気乗りしない返事だった。
「……一郎」
「わぁったよっ。たくっ。大人しくしてりゃあ、いいんだろっ」
「良し」
 ほっとして私は微笑んだ。

「……光希の意地悪……」
「何?」
「光希様」

 ぼそりと呟いた一郎に訊き返した時、後ろから喜右ヱ門の声が呼んだ。
 禊が終わり、私達の様子を見に来たのだろう。雪の上を小走りでやってくる。
 私は一郎を通常の奉仕に戻すよう言った。
 私が寝込んでいた一ヶ月弱の間、一郎は従順に社務所の雑事をこなしてきたのだろう。喜右ヱ門から掃除の指示を受けた一郎は、勝手知ったる体で社務所に入り、中を進んで行った。
 目は離せられないな……。
 喜右ヱ門でなくとも、と。あたふたと一郎の後を追って行く喜右ヱ門の姿を見てそう思い、笑った。




つづく「拝殿の奥」へはこちら



ここで「神泊りの歴史」は終了です。長い文章を読んでくださった方、ありがとうございました(_ _ )
次回は目次を増やしまして、「拝殿の奥」記事を一つ増やします。
その後は少しお休みしまして、なるべく続けて投稿できる体制を整えたいと思います。
気紛れにでも覗いてやってくださると嬉しいですw

神泊りの歴史 6

 緩やかな坂になっている白い参道を見上げ、境内を見た。
 禊(みそぎ)は未だ終わっていないのか。静かだった。

「この村は現在も、神泊りの神事が第一だ」
 私は、鳥居を潜らずに少し離れた位置で、足を止めた。

「神事を行い、その時の奉納品を分け合って細々と生活をしている。
が、祀る神は、神泊りの神事が行われる前から祀っていた、道を通る神に変わりはない」

「ふん……。そうか」
一郎は両手を腰に当て、村を見詰めた。

「そう言やぁ、岩はどうした?後でって言ってただろう」
「あ。そうだったね。岩はね、村が移って何代かして、砕かれた」

「砕かれたぁ?」

「うん。
先程も言ったが、始めの男の子の時の子は、全て能力を備えて生まれてきたが、血の薄まりと共に、全く神泊りしない子が生まれる事が珍しくなくなっていった。
その時にはもう、村にとってそれは死活問題であった。
故にやむなく、道の指標である岩を砕く方を選んだ。
砕くと、神泊りの力が強まり、能力を備えた子供が再び生まれるようになった、と伝えられている。人への神泊りを良くする為に成した行為は功を奏したのだな。
砕かれた岩は、山に返された、となっており、それが、その岩岩だ」

「神社の背後の山に散らばる岩、か」
「うん。そう。……どう?神泊りの歴史は大体理解出来た?」

「大体、だな」
 背を一寸反らして一郎は、後ろ頭を撫でた。

「はっきり言えば、そんな成り立ちの神社や村が、今でも存在する事自体が、信じられねぇな。昔はともかく、今は、神懸かり自体、神社がやる事じゃねぇだろ」

「だから変わらざるを得ない。どの様にとは、難しいところだが……」

「俺には難しい事はさっぱりだが、お前が神を貴び、村の人間の信仰心を大切にしているのは、分る」
「良かった」
「良かったじゃねぇ。俺にはお前が、心底、この村や神社を大切にしているようには思えねぇって、言ってんだよ」
「は?何故だ?」
「神様の話は脱線する程の熱意を持って話すのに、神泊りの歴史は何事も動じずに淡々と語る」

 言われて自覚した。感情を殺す殺さない風だったかもしれない、と。

「……お前の性格だ。そんな経歴を持つ村や神社の気質が、性に合わないんだろう」
 図星を指されたように私は固まった。
「そうなのかな?」
「そうだよ!……鈍いな」
 軽い口調で言って一郎は、小さく笑い声を立てた。
「今迄無理してきたんだ。ゆっくりでいい。大事な事を見落としかねねぇだろ?」
 諭すような優しい声に、うん、と素直に私は頷いた。

 もしかしたら一郎は私よりも私の事をよく分っているのかもしれない。

 知らず急(せ)いていた心が落ち着くと共に、傍に一郎が居る有難味をつくづくと感じた。

「……光希……」
「……うん?」

 呼ばれて俯いていた顔を上げると、一郎は、ぱっと逆に顔を上げた。
「おっ。禊が終わったのか」
 村人達が次々と坂を下り始めていた。

「どいつもこいつも清清しい顔しやがって。一寸見、腹に何か仕込んでやがるようには、見えないぜ」
 毒ついた台詞であるのに、先程と同じく口調は軽いものだった。

 私には一郎がよく分らないな。

 苦笑して私は応えた。
「禊の後だからな。神泊りしないと言えども、村人達にも、血そのものは存在する。歴史の途中から、神主だけでなく、村人達も纏まって一つとして、砕かれた岩の代わりである、と認識が変わったのだ」

「出られねぇじゃねぇか」

 どき、と心臓が強く鼓動を打った。
「そう、だな。稼げる年齢になれば、大概、街に出るが……。やがて働く年齢を過ぎると村に戻ってくる、な」



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セリフ中で改行させてあるところがあります。



寒いよぉ……。眠いよぉ……。(←雪山の遭難者?)
明日の為に早めに寝ますzzz

神泊りの歴史 5

「村の信仰は、神泊りという神事第一に取って変わってしまった。
神徳も、子宝に関係するものだけでなく、霊感のようなものを開発したり促進させたりと言った事迄加わり、一郎も知っての通りのお祓いのようなもの迄加わった。
村は益々栄えた。
岩以外に何もなかった祭祀場には鳥居と拝殿が建てられ、神社、という形がここに出来上がった。
神の通り道でもある村の主道の両脇には、家が建ち並び、神社に近い方から、血の濃い者が順に移り住んだ。
信者は口伝えで遠い国にも及んだとされ、神が泊まる村、として全国的に信仰された。
が、それはおよそ信者に向けた宣伝文句で、信憑性が薄いと私はみている。
……と、ここ迄が、神泊神社に伝わる、村と神社の成り立ちの話だ」

「おぉ。昔からこの村は怪しい事をしてたのか。思った以上に年季が入っているなぁ」
「一郎……」
 私は嘆息し、顔を押さえた。
「ある程度実感をもって聞いてくれたのは嬉しいが……」
「怪しい事に変わりねぇじゃねぇか」

「怪しいと言えば怪しいのだろうが、当時は医者も病院もなかったのだ。
不妊は元より、原因不明の病だけでなく、通風にもある程度効き目があったようだから、効用があると聞けば有難く縋っただろう。
それに、子供を授かる事は、何事にも増して喜び事だ。
ましてや泊まる神は山の神などであり、出来る子供は神の祝福を受けたとされる子だ。
昔は、お産をするにも山の神様を迎え、迎えなくてはお産が始まらない、とさえ信じられており、山の神に対する信頼と信心は今とは比べようもなく、厚かった」

「それにしたってなぁ。神が泊まる、を看板にしてたんだろ?んで、辺り一帯の田の神も奪っちまったんだろ。争い事を避ける為に移ったってのに、却って増やしちまったんでねぇの?俺達の神を奪うなってよ」

「ああ……。否。
今在る近隣の村は、この村から流れ出た者が新たに起こした村で、その村の田の神と、この村の田の神は、勿論あの山を行き来するとされているが、もっと下の方の田の神は一度、自分の山に上ってからここを通る、とされていて、現代もそうだが、昔からそう認識されていたようだ。
であるから、恐れはしたものの、奪われた、とは考え難い。
大体、それ迄栄える事を良く思わなかった下の村々も、移った事によって逆に、神泊村の繁栄に一手も二手も加わってもいる」

「何をだ?何したんだ?」

「奉納品だ。ここでは十分な米が作れない。
毎年、奉納という形で米を納め、神泊村の人達を助けてきた。
一方この村の人達は、神泊りの神徳やその他、貢物を分け与えて返した。
それらの記録などが今も社務所の書庫に残っている」

「はーん。持ちつ持たれつ、か」

「そうだ。元々雪国の人は、厳しい冬を乗り切る為に、争そうよりも共存する方を選ぶ。
この辺りには峠もなく、行商も余り通らない寒村が多かったから、尚の事、良い距離を保ちつつ共存する方を選んだのだろう。
だが、一郎の言う通り、一風怪しい事には変わりはない。それは、当時の村人達も分っていたのだろう。こんな山奥に移ったのも、その自覚あっての事だと思う。
と、言うのも、当時から神事は公開されてなく、ここを訪れた信者も、広く噂にする事はなかったようだ」

「ん?何故だ?神徳とやらが確かにあるのなら、帰って噂くらいするだろう。普通」

 私は首を傾げた。口元に手を当て、訊いた。

「一郎。お前、自分の寝屋、夜の出来事をおおっぴらに世間に公表したり、噂になるよう、言って回ったりするのか?」

「ん?あっ、そうか。言わねぇな」

「内容が内容だ。例え真に子供を願って来た者であっても、真剣であればある程、公言はしないだろう。
それに、ここを訪れるのは、余程子宝が欲しくて来るような、切羽詰った者ばかりだ。
女性が単身で神事を受ければ、自分の夫以外の子供を授かる訳で、堅く口を閉ざすだろうし、夫に話すかどうかも……。
又、当時は神主の数も多く、男性だけでなく女性の神主も居た。
立ち会うだけの男性信者も居たようだが、自ら神事を受けた者も居た筈だ。
そう言った者達も、余程信頼のおける仲間内には話すだろうが、家内平和、産まれた子供、村内平和、それぞれの為に口を閉ざし、存在すらおおっぴらに噂しなかっただろう。
神徳はそれだけではないが、それが主軸である以上、表舞台に出る事はない」

「出すモンでもねぇな」

「そうだね。
社務所は比較的最近出来たものらしいが、拝殿などの他の古い建物は、裕福な商家や武家の方がお忍びでやってきて財を奉納し、それによって建てられたもの、とされており、それも記録には残されていない。
柱に残す焼き印などもないだろうし、寄進された灯籠なんかも無記名だ。
信仰はそれなりにされていたが、昔からここ、神泊神社は在って無きの如く扱われ、どうにもならなくなった時にだけ人の口の端に上ってきた」

「場所も悪いしな」

「うん。こんな神社が人知れず続いたのも、それに因るところが多いだろう。
今では春秋の神事期間に人の出入があるが、昔は主に秋しかその出入がなかった」

「あ?何故?」

「春の神事は今の時期だ。未だ雪が深い。
今は除雪機で道が通るが、昔は道を通す程の除雪が出来なく、雪消迄、村ごと山の中に閉じ込められた。
そうなると、外からも容易には入れない」

「う……わ。退屈じゃねぇか」

「う……ん。閉じ込められるという要因もあるのだろうが、この村は内密な神事がある故に、閉鎖的になった。
神事を繰り返す度に村人達の血も、徐々に余す事なく神泊の血に染まっていった。
が、皆が親戚では、まずい。満足な子が少なくなった。
血を残す事がそれ迄大事であった村も事そこに至ってから漸く、血が薄れるのを恐れながらも村外からの者を迎え入れるように変わっていった。
その多くは熱心な信者で、出身地も様々。
当然、血が薄まり、神泊りの能力は薄れゆき、神徳も少なくなり、人の出入もなくなっていった。
人口が減り、村の規模も徐々に小さくなっていった。
今では、村と神社、総勢三十七人の村になり、神泊りするのも、……現在の神主、識峰(さとみね)様お一人だけとなった」

「そうなのか」

「そうなのだ。識峰様が神主になられてから、他の者に神泊りした、という話は聞いた事がない」

 鳥居の下に戻ってきた。



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現在の神主の名がようやく出ました。
しかし、登場はずっと後だったり♪
と言いますか、ちゃんと存在して登場しますので、ご安心下さい^^;

神泊りの歴史 4

「生まれた子供は男子だった。
神の子だ、と村の皆からも可愛がられ、スクスクと成長した。
八歳になった年の秋、男の子は初めて祭祀に参加する事が許され、大変喜び燥いだ。
神聖な岩に近寄ってはならぬ、と言い聞かされていたのだが、村人達に可愛がられて育った子供だ。岩に取り付き無邪気に、ぺたぺた、と岩の腹を撫ぜた。
その時、その子に神が泊まった。
その子は、子供とは思われぬ大人びた表情で振り返り、村人達は、母親と同じ事が起こった、と驚いた。だけでなく、有難がった。
男の子はその時、別段何もしなかったようだが、何をしなくとも村人達は、祖霊、神が確かに存在する、という確証を得た、のだろう。
男の子を次の祭祀の時にも参加させた。
その次も。次々も。
毎回、神が泊まった。
村人達は、神が泊まった状態の男の子に向かい、必ずそこにお泊りになられる事を願い、村の平和と豊穣を願った。
祭祀に於いて男の子は、岩と同じ扱いをされ、岩以上に大切にされた。
と、言うのも、春の祭祀の時は祀るべき岩が雪の下だ。それ迄は見当をつけた場所で祀っていたのだが、男の子が居る事で、春でも雪の上に祀る対象を得られた。
岩の方も同時に祀ってはいたが、より有難がられた」

 そこで区切り、神社の方に目をやった。

 鳥居からは、誰一人として出てくる様子はない。

 更に視線を上げ、小高い山を見詰めた。
「おい。その先は?」
 一郎が又催促の声を上げた。
「うん……」

 顔を俯き加減にして私は、再び神社に向かい、ゆっくりと足を進めた。
 一郎も私の歩調に合わせ、隣をゆるゆると歩みを再開した。

「そうこうする内に男の子は大人になった。
変わらず祭祀に参加し、神が泊まった。
だが、一つだけ変わった。
神が泊まった状態で男の子は、祭祀に参加していた女性にいきなり乱暴を働いた
。女性は抵抗せず、見ていた村人達も止めなかった。男の子の様子からして、未だ神が泊まっている事が分っていたからだ。邪魔をするのは恐れ多く、どんな怒りを買うかも知れず……」

「待て待て。いきなりっつったか?今」
「無理矢理だ」

「あ?……女も抵抗しねぇって……。一体、どんな状態だったんだ?そいつ。男は」

「口伝されていない。文書にも残されていない。だが相手の女性は、夢をみているような顔をしていたそうだ」

「ふ……ん?そうか。で、又子供が出来たと」

「そうだ。しかし、その女性は、それ迄に何回か夫を持っていたが、子供が出来ない生まず女(め)だった。
その時だけ子供が出来た。
何て事だ、と初めは恐れ戦(おのの)いていた村人達だったが、それを知ると、有難や、に戻った。
男の子の乱暴に目を瞑ったのだな。それどころか、それこそが泊まる神の御神徳だ、と考えた。
それ迄は、泊まりはするものの、他に確たる神徳がなかったから、尚更そこに神の力を感じたのだろう。
……その時から祭祀には、神徳によって子宝を受ける、という目的が新たに加わった。
子供が出来るのは良い事であり、喜び事だ。
ましてや、神泊りの最中に出来た子供だ。
神の子が授かる、と村人達は大いに喜んだ。
それからと言うもの、毎年の春秋の祭祀の時、男の子には女性があてがわれた。
自ら噂を聞きつけた余所の村の生まず女もやって来るようになった。
生まれた子は、全て神泊りの能力を持ち備えていたそうだ。
得られる神徳は女性だけでなく、子種がなかったり精力が衰えたりした男がその祭祀に立ち会えば、たちまち子種が宿り、子供も出来たそうだ。
男の子は、子孫繁栄の霊験あらたかな神の子として有名になった。
村は次第に人口が増え、収穫も多く、栄えていった。しかし、そこだけ栄える、というのは、良しにつけ悪しにつけ、何事か起こる。
争い事が起きるのは時間の問題だった。
村ごと、祭祀場がある山間に移り住む事を、村人達は決意した」

 雪に埋もれた村を振り返り見回した。

「それが、この村だ」
「成れの果て、か」
「果てては、いない」
 言ってから踵を返し、又歩き出した。

「こんな山奥でも、村人達は、神が泊まる男の子とその子供達、祭祀場、両方があれば大丈夫だと考えていたのだろう。
しかし移った頃から、祭祀が一日だけでなくなった」

「神泊りするのが一日だけじゃなくなったってのか?」

「そうだ。
岩の前だけでなく、祭祀場に近寄っただけでも神が泊まるようになり、日にちも延びた。
……かつてからその兆候があったのではないかな。村人達は、それも狙っての移住だったのだろう。何せ神泊りすれば、こんな山奥でも人の出入が途切れる事はなかっただろうし、貢物が沢山村にもたらされるからだ。
始めの男の子が亡くなっても、神泊りの力は、子供達に孫にその孫にと引き継がれていった。そして泊まる神も、村の祖霊や山の神田の神だけでなく、引き寄せられるようにして辺り一帯の村の田の神や、多種多様の神々をも泊まるようになった。
村はそれらの事により、ここいら一帯全ての神々の通り道であり、泊まる場所である。と言う認識の広がりと共に、恐れ尊崇されていった」




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神泊りの歴史 3

「元々、今の神社がある場所は墓地と道の祭祀場でしかなく、人々はもっと山から離れた下の土地に住んでいた。
だが話した通り、当時、村から離れていても、ここでは、山作業の合間に頭を下げ、春秋にはそれぞれ一日、細やかな宴会のような祀りが行われていた。
祀りの内容は、田の神の送り迎えと山作業の収穫や安全、村の繁栄であった」

 私は、幾らも道を戻らない内に足を止め、一郎の方に向き直った。

「これから、神泊りの歴史の話を、しよう」

 一郎は、待ってました、と言うように、活力のある光を放った。
「ああ。やっとかよ」

「予備知識が無くば、只の昔話で、理解には及ぶまい」

「わぁってるよ。ほれ、続けろ」
「うん。だがこれは、喜右ヱ門が止めた通り、余程信心深く熱心な信者にしか話していない事だ。と言うのも、はっきり言ってしまえば、他言されては神社の体面に関わる内容だからだ」

「光希」
 余程我慢していたのだろうか。一郎は低い声で促した。
 私は溜息を一つつき、空に向けて話し出した。

「室町の時代、岩の前で、恒例の春の神祀りを行っていた時だ。
一人の年老いた修験者とその同伴の若い女性が一人、山から半死半生の体で下りてきた。
修験者は姓を斎と名乗り、喜右ヱ門の先祖だ。
一方、連れの女性には姓がなく、只、修験者の道連れ、としか分らない。
が、その女性が神泊の血筋の始まりだ」

「さぞ驚いただろうな。村人は。呑気に飲み食いをしていたところに、突如、神泊りする女が現れたんだからよ」
 私は顔を下ろして一郎に向けた。

「否。そういった意味では、驚きはしなかっただろう。その女性は、元は普通の女性だったようだ」

「ようだ?神泊りしないのか?」
 半ばがっかりした口調だった。

 私は苦笑した。
「はっきりと断定出来ないには、訳がある。記録が残っていないのだ。
当時は紙が貴重品で、山奥の村では滅多に手に入らなく、記録として残せなかったのだろう。
もし有ったとしても、冬、命に関わる寒波に襲われた時はどうしても、どんなに貴重なものであっても、焚き付けにくべてしまうものだ。
その辺りの話は暫く口伝によった」

「くでん?おでんに似てるな」

 一寸吹き出して私は、自分の唇を指した。
「口伝え、だ。
神社には、その時の事を書き記した文書が残っているが、それは後の世にその口伝を書き写した物なのだ。
口伝えでは良いように伝わるであろうし、余程詳しい事は省略されてもいるだろう。
だから、これだけでは早々に断定は出来ない」

「あー、はいはい。分った。で、その女がどうした。始めは普通の女だったんだろう?いつ神泊りしたんだ」

「村人達は暖かく迎え、修験者とその連れの女性は村に住み込んだ。
そうこうする内に、女性は村の若者と好き合うようになった。
しかしその女性は、修験者が大切にしていたようだ。
村の男との仲を反対していて、二人はなかなか二人きりになる事が出来なかった。
そこで同じ年。秋の祭祀の直前だ。修験者の目を盗み、祭祀をする岩の前でこっそりと会う約束をした」

「そこで念願のセックスをしたんだな」
 反応も早く一郎は、嬉しそうな声を上げた。

「うん。そこは山の奥であったから、年老いた修験者が追って来難かろうと思われ、祭祀場でもあるから、人が滅多に来ない場所でもあった。
しかしその時、女性に突如として神が泊まった。事の最中であったから男は気付かず、又、女性もすぐに正気に戻った。
女性はその時に子供を宿した。
二人は気付かれないよう、別々に村に戻った。
が、後、孕んでいる事を修験者に気付かれ、女性は、いつ、何処でだ、と問い詰められた。相手は分っていたからな。烈火の如く怒る修験者に女性は観念し、時と場所を告げ、その時の様子を克明に話し聞かせた。
すると修験者は驚き、きっとそれは神だ、神が許した仲なのだから私は従おう、と、二人の仲を許した。
それを知った村人達は揃って祝福し、その後、二人は幸せな夫婦生活を送った」

「おぉ。……良い話だ」



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神泊りの歴史 2

「通り道、ねぇ……」

何度も聞いている筈なのに一郎は、訝しげな声を出した。

「神の通り道である、という認識は、珍しくないのだが……。
全国に多くあり、神社はそれを繋ぐ位置にあるとも言われている。
ここでも、神が通る道だ、と感じた人が居た。
だが、通り道であると認識するには、必要なものがある。
それは、目印、だ。
何も無い所にむかって、ここが道だ、と言っても、誰も共感はしないだろう。分りやすい目印が必要だ。
御陵信仰では墓地がそれに当たり、それを目印として、祖霊が行き来する、と認識されている。
それ以外、目印にも色々あるようだが、ここでは、岩、だ。
始めから、神が依り憑く、と感じられていた岩が、あった」

「あ。それ、磐座(いわくら)ってぇヤツ?」
 自分の知っている事がやっと出てきたのか、子供のように嬉しそうな声を一郎は出した。

「別に磐堺(いわさか)とも言い、良く御神体として崇められているね。
でも磐座や磐堺は、祭祀の時に岩や石で区切った神聖な場所そのものを言い、岩一つだけを言うのではない。
だから、ここの岩は磐座とは呼ばず、奥の宮の石祠(し)と呼んでいる。……余所はどうなのだろうな」

「余所はどうでもいいよ」

 あっさりと言う一郎の言葉に、私は苦笑した。只単に知っている言葉を言ってみたかっただけらしい。話を続けた。

「ここいらの山は昔から山菜や木の実、茸、薪などの多くの恵みをもたらしてくれる有難い山だった。
だから殊更、山にあるその岩、神が依り憑くと感じられた岩を、昔の村人達は、神の通り道の指標である、として祀った。
そこで、山作業の無事故、幸多きを願っていた。
岩を祀る事によって、神が更に依り憑き道が通り、その傍に遺体を埋めれば、先祖の霊は確実に祖霊になる事が出来るだろう。
そう、考えたのだな。
であるからここは、単一の通り道と御陵信仰とが重なった、二十の信仰をされているのだ。引っ括めて、山神様の通り道だ、と。うん。これも、一寸余所と変わっている」

「だがよぉ。山神の通り道、は分ったけどよ、村はもっと下の方にあったんだろう?その時も田の神として迎えてたっちゅーが、肝心の道とやらが、そこまで続いてたのか?」

「うん」
 足を止めた。村は狭く、私達は宿泊所がある外れ迄来ていた。私は腕を高く、山の方へ上げた。

「神社の後ろの高い山から道は、村道に下り、山間を抜け」

 順に、さー、と指し示し、道の先を指した所で降ろした。

「一郎が指摘したのと同じく、もっと下の平野、海まで通っている、とされている。辿ってみた事はないが」

「いつか行こう」

 白い色が舞っている。微かな雪片が、先程から舞い降りている。

 私は苦笑して応えた。
「行けたら、楽しいだろうな」

 風花の光は一郎の近くに降りると彼の光に負けてしまう。

 幻のようにいつか目の前から不意に消えてしまってもおかしくないようにも思えた。


「で?岩ってのは?」
「うん?」
「境内で話した岩の事か」
「うん。……が、それの詳しい話は、後にしよう」

 ゆっくりとした足取りで私は、神社に戻り始めた。

「かつての村が在った場所も、この道の延長線上にあった」



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セリフの中で改行させてあるところがあります。

神泊りの歴史 1

「ここの村の人達が運命共同体である事は同じだ。
だが決して、自分達の生活に密着した神を祀っている訳ではない」

「そうだよな。お前さっき、生活に必要だから続けられてきた、みたいな事を言ったよな。この村の神は、……じゃあ、何だ?通る神?泊まる神?何?それがこの村の神か?ってゆーか、本当に居るのか?って、違うっ。村人は何に神を感じているんだ?あ、そーか。神泊りする血筋だからか。って、何で、そんな神を有難がるんだ?違う。そりゃあ、違うだろ。わっけ分んねぇぞっ」
 どうやら一郎は、一気に混乱したようだ。

「うん。やはり、神泊りの歴史を話す前に、この村が何を神として祀っているのか、それを先に話した方が良さそうだ。
それを説明する為に、田圃の神様の話をしよう」

「あ?田圃の守り神か?」
「うん。田の神様は余所の土地でも大概昔から、春になると山から里に下りてきて田圃を守り、収穫が終わった秋には山へ戻ってゆくもの、と認識されている。
その理由は、多分、水、だろう。
冬、山に雪が積もる。春には、雪解けと共に山の肥えた養分を含んで大量に里に流れ、田を潤す。
水量の少ない年は、自然、収穫も少なくなるから、それを知識として知っていなくとも、昔の人は感じ、分っていたのではないかな。だから山神様の恵みだ、と。
であるから、里の人達は、春に山の神様を迎えて田の神様とし、秋には収穫を終え、感謝と共に山へと送り帰す。
……関東平野に住む人達からは、そういう話は聞いた事がないから、一郎には初めて聞く話かな」

「ああ。聞いた事がねぇ」

「だが、山に近い土地ではそれが当り前に行われてきた。山が生活に密着している所為かな?……そうだろうな。最近ではそういった祀りも少なくなっているようだが……」

「自問自答してんな。その、田の神様の通り道がここだってのか?泊まる神は田圃の神か」

「否。それだけではないのだが」
「だけじゃない?」

「田圃の神はそもそも、山から下りてきた、山の神だ。それも、只単一な山の神ではない。
人は死ぬとその魂は山へと上り、長い年月を経て祖霊となり、山の神と同体になると認識されている。
田に迎える神は、祖霊をも含む山の神とされている」

「それい?」

「うん。先祖の霊。それも幽霊などではなく、もっと品位の高い、貴い霊の事だ。
それが子孫を守り、繁栄させてゆく、と崇める対象になった。
この、祖霊を崇める信仰を一般的に祖霊信仰と言うが、御陵信仰とも言うようだ。
だがそれも、山を行き来する祖霊を含む神に限らず、山には関係のない先祖の霊を慰める信仰も、そう呼ぶ場合があるそうだ。
そこら辺の線引きが、私には分らない。……が、元々御陵とは。否。今、それは関係ないか」

「何だよ。何だか良く分らないな」
「ご免。脱線するのは癖なのだ。許せ」
「許す」
「……えーと……」
 私は、首の後ろに手を当てて撫で、一つ息を吐いた。そして、後ろを振り返った。

 鬱蒼と茂った杉林。
 神社がその中に見える。
 その後ろには小高い山の峰がある。更にその奥には、遥かに高い山の稜線が見えた。
 境内からも見た、山だ。

「さっき、墓地の話をしたよね。霊的なものを感じる場所に魂を送る、と。あれはね、御陵信仰の昔の姿なのだ。
山に遺体を埋める事で死者の魂が祖霊になり、山の神になるように。
そして、その山の神は田の神として春秋の行き来をし、里の繁栄を守る」

「ほーぅ。山の神っつーと、でっかいあの山のか?」

「そう。
昔の人が神を感じた山であり、ここいら一帯の御陵信仰の対象の山だ。
神泊神社ではあの山を、山の神が依り憑く御神体の一つとして崇めている。
……が、田の神というのは、里から見える、里近くの山の神様と認識するのが本当だろう。
身近な山の神だ。
ここでも僅かだが田があり、田の神様を迎える。近隣の村でも、そうだ。
しかし、近隣の村もこの村も、元はこの山間には無かった。あの神社がある場所を埋葬地としていたが、ここに住んでいなかった。
もっと下の方に人々は暮らしていた」

「あー、だろうなぁ。暮らすには不便な場所だよ、ここは」

「うん。学校や病院も遠いし、何よりも、十分に田圃や畑を作る敷地が無いからね。
今はともかく、昔はここで生きてゆこうとも考えなかったかもしれない。
あまりにも山に近すぎる。
それでも昔、村がもっと下にあった頃、春秋の祭祀は村の田圃でも行われていたが、あの神社があった場所でも時を同じくして行われていた。
遺体を身近の山に埋めずに、ここに埋めていたからだ。それと言うのも」

「何故だ?何故、この場所に拘るんだ?遠い場所じゃ墓参りするにも不便だし、身近の山の方が愛着湧くだろう」

「うん。尤もだ。
だが今歩いているこの村道は、始めから山神様の通り道だと認識されていた。
神社の場所は、元々通り道としての祭祀場でもあった」



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少しでも読みやすくと、セリフの中で改行させてあるところがあります。

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神泊(旧・月森) 光希

初音 一郎

神泊喜久枝 (姥様)

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月森 冬季

神泊 桃花

『神が止る村』 相関図
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『神泊村』相関図


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