失態 6
2006-12-18
冬季は話が終わると、もたれかかっていた窓から体を離した。
「仔細を喜右ヱ門に訊いてこよう」
「共に行く」
その格好ではまずいだろうと、止められた。
着替えの途中だったのを思い出し、慌てて着替える。
「急がなくてもいい。どうせ一郎が喜右ヱ門を声の届かぬ宿泊所辺りにでも連れて行ってるだろう」
「だからっ」
「心配しなくとも。喜右ヱ門は、余計な事は喋らんだろうよ。あれでも神泊神社に仕え続けてきた斎家の末裔だ」
言われてみれば、そうかもしれないと、納得し安心もする。
「神事が始まった以上、光希は待機、だろう?」
その通りだったが、毎回私が呼ばれる訳ではない。
神饌は神霊がいつやってきてもいいように予め上げられている。
毎期、訪れる神霊の数がまちまちでペースも違く、すぐ過ぎ去ってしまう時もある。
だが、訪れる神霊の混む時期というのが必ずあり、次から次へとやってきた場合や長い泊まりの時に、改めて上げ直す事があり、そうした場合に呼ばれる。
「私が呼ばれる程、まだ忙しくはない筈だ」
何も神饌を上げる役目は、私一人に課せられたものではなく、姥様の息子達にも課せられている。
神饌をこしらえる役目も姥様の息子達には課せられて、台所が忙しくなると、入る事を許されていない私に役目が回されてくる。
それは姥様が決める事で、いつ呼ばれるのか分らないというのが実情。
行っている神事は今期初めての神事で、先触れ程度ですぐ終わるだろう。どのくらいのペースで訪れがあるのか、次の神事がいつなのかが分らないので、待機に変わりはなく、決まった行動から外れる事をする場合、明確に居場所を伝えておかなくてはならない。姥様が神事期間の終わりを告げるまで。
着替え終えた私は冬季に向き直った。
「我家で今夜、一郎にあの時の事を話そうと思う」
「何故、今更蒸し返す」
あの時とはいつの時の事か、すぐに冬季には見当がついたようで、考える素振りも無く応えが返ってきた。
「一郎が知りたがるのは分るが……」
「冬季にも聞いて欲しい」
「何故だ」
僅か。怒ったような声で返された。
しかし、怒っているような光ではなく、いつもよりむしろ澄んでいる。堅く感じる程に。
……心を強い意思で隠しているのか……。
「先程、私は同じ事を喜右ヱ門にも頼んだ」
「怯(ひる)んだだろうな」
「冬季。宮司になってくれようとするのは、嬉しい。だけど私が、そこ迄するに値する人間、神童などではない、と言う事を、知って欲しい」
「神童だと思った事は一度もない」
にべもない応えに私は、俯き黙った。
「喜右ヱ門が傍に居たのか?」
「え?いつ?」
「背の傷を負った時」
「うん」
「では恐らく、喜右ヱ門もそうは思っていないだろう。私と同じ思いだ」
「え?どのような?」
質問に応えずに冬季は、重い溜息を吐いた。
「今夜か?」
「うん」
「私が二人を光希の家(や)に連れてゆこう」
窓の外では真冬に戻ったかのような雪が降りしきっていた。
つづく
☆つまみ食いコース☆から読んでくださった方、ありがとうです(⌒¬⌒)ノここでひとまず終了で、本編が進み次第、案内を繋げて行きたいとおもいます。
光希は主導権を握られると弱いな。なんて思いつつ、尻切れトンボのまま「失態」は終了。(←おい)
ついでに第三章もここで仕舞いです。(←ついでって)
冬季はどうして一人称が私なんだろう?(←c.pが分らないで誰が分る)
次回からは第四章。長い夜になります……。
「仔細を喜右ヱ門に訊いてこよう」
「共に行く」
その格好ではまずいだろうと、止められた。
着替えの途中だったのを思い出し、慌てて着替える。
「急がなくてもいい。どうせ一郎が喜右ヱ門を声の届かぬ宿泊所辺りにでも連れて行ってるだろう」
「だからっ」
「心配しなくとも。喜右ヱ門は、余計な事は喋らんだろうよ。あれでも神泊神社に仕え続けてきた斎家の末裔だ」
言われてみれば、そうかもしれないと、納得し安心もする。
「神事が始まった以上、光希は待機、だろう?」
その通りだったが、毎回私が呼ばれる訳ではない。
神饌は神霊がいつやってきてもいいように予め上げられている。
毎期、訪れる神霊の数がまちまちでペースも違く、すぐ過ぎ去ってしまう時もある。
だが、訪れる神霊の混む時期というのが必ずあり、次から次へとやってきた場合や長い泊まりの時に、改めて上げ直す事があり、そうした場合に呼ばれる。
「私が呼ばれる程、まだ忙しくはない筈だ」
何も神饌を上げる役目は、私一人に課せられたものではなく、姥様の息子達にも課せられている。
神饌をこしらえる役目も姥様の息子達には課せられて、台所が忙しくなると、入る事を許されていない私に役目が回されてくる。
それは姥様が決める事で、いつ呼ばれるのか分らないというのが実情。
行っている神事は今期初めての神事で、先触れ程度ですぐ終わるだろう。どのくらいのペースで訪れがあるのか、次の神事がいつなのかが分らないので、待機に変わりはなく、決まった行動から外れる事をする場合、明確に居場所を伝えておかなくてはならない。姥様が神事期間の終わりを告げるまで。
着替え終えた私は冬季に向き直った。
「我家で今夜、一郎にあの時の事を話そうと思う」
「何故、今更蒸し返す」
あの時とはいつの時の事か、すぐに冬季には見当がついたようで、考える素振りも無く応えが返ってきた。
「一郎が知りたがるのは分るが……」
「冬季にも聞いて欲しい」
「何故だ」
僅か。怒ったような声で返された。
しかし、怒っているような光ではなく、いつもよりむしろ澄んでいる。堅く感じる程に。
……心を強い意思で隠しているのか……。
「先程、私は同じ事を喜右ヱ門にも頼んだ」
「怯(ひる)んだだろうな」
「冬季。宮司になってくれようとするのは、嬉しい。だけど私が、そこ迄するに値する人間、神童などではない、と言う事を、知って欲しい」
「神童だと思った事は一度もない」
にべもない応えに私は、俯き黙った。
「喜右ヱ門が傍に居たのか?」
「え?いつ?」
「背の傷を負った時」
「うん」
「では恐らく、喜右ヱ門もそうは思っていないだろう。私と同じ思いだ」
「え?どのような?」
質問に応えずに冬季は、重い溜息を吐いた。
「今夜か?」
「うん」
「私が二人を光希の家(や)に連れてゆこう」
窓の外では真冬に戻ったかのような雪が降りしきっていた。
つづく
☆つまみ食いコース☆から読んでくださった方、ありがとうです(⌒¬⌒)ノここでひとまず終了で、本編が進み次第、案内を繋げて行きたいとおもいます。
光希は主導権を握られると弱いな。なんて思いつつ、尻切れトンボのまま「失態」は終了。(←おい)
ついでに第三章もここで仕舞いです。(←ついでって)
冬季はどうして一人称が私なんだろう?(←c.pが分らないで誰が分る)
次回からは第四章。長い夜になります……。
失態 5
2006-12-17
「……誰?」
人の気配がして、私は廊下の方を振り返った。
敷居の上に立っている人が居る。
動揺していて光を見る意識が拡散し、視界が本来のぼんやりとした景色に戻ってしまい、敷居の上に人が立っているのが男か女かさえ分らなかった。
敷居の上に立った人物は、壁の向こうに向けて何かを小声で言った。
他にも誰か居る!?
先程の騒ぎの声は、社務所中に聞こえる程の大声だった。誰が来てもおかしくない。
誰が?
首を伸ばして窺おうとすると、敷居の上に立っていた人が部屋の中に入ってきた。
山根じゃないっ。
聞き覚えた足音よりも体重が軽そうな音だった。
事務を任されている山根だろうと思っていた。騒ぎを聞きつけてやってきただろう事と、すぐには問い質さない落ち着いた様子。それらからすぐに思い浮かんだのは彼しか居なかった。
「そう怯えるな。私だ」
「……冬季」
声を聞き、ほっ、と息をついた。
村に戻ってきていたんだっけ……。
再度壁の向こうを窺おうとすると、誰だか分る前に冬季が応えた。
「神事が一寸前から始まったようで、社務所内には、チヨ婆さましか居ない」
いつの間に神事が。否、漸く、か?
驚いたものの、今は安堵が勝った。
「良かった……」
チヨ婆さまなら、姥様には話すだろうが、普段から余り話す事もない識峰の兄達には話さない。禊や奉仕をさぼった訳ではないので、後々に咎められる事はないだろう。
意識の集中を取り戻すと、不可視の光が戻り、今度こそ落ち着いて帯を解いた。背後の視線が気になり、振り返らずに訊いた。
「冬季……。学校は?」
「土曜だ。今日は。何があった」
「……」
「ここに来るまでに、喜右ヱ門の首根っこを押さえて出てゆく一郎とすれ違った」
「えっ」
大方の見当はついていると言いながら喜右ヱ門を問い詰めて訊くつもりなのか。
「止めなかったのか!?」
「喜右ヱ門が何かをしたのか?」
窓辺に冬季は寄り、もたれかかって腕を組んだ。
理由もなしに一郎が人に乱暴をする奴ではないと分っているかのような余裕に見えた。
早く止めなくてはという想いから私は言い辛かったが、衣裳部屋に一郎が来るまでを手短に話した。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
どうでもいい事の一つ。時代設定が軽く十年前くらいに設定してあります。
なので、冬季の「土曜だ」というセリフに「はぁ?」と思われた方もいるかもですが、
昔は土日が休みではなかったのです。(←そんなに昔じゃねぇよぉお!と絶叫したい年頃)
=後日付け足し=
光希の冬季への説明、結局そのシーンは飛ばしたのですが、余りにもあっさり”話し”過ぎたかな、と。自爆的に文の最後に言い訳文句を付け足しました。(^^;ゞ (光希を応援してくれたkazuさんkikurageさんありがとうですw)
人の気配がして、私は廊下の方を振り返った。
敷居の上に立っている人が居る。
動揺していて光を見る意識が拡散し、視界が本来のぼんやりとした景色に戻ってしまい、敷居の上に人が立っているのが男か女かさえ分らなかった。
敷居の上に立った人物は、壁の向こうに向けて何かを小声で言った。
他にも誰か居る!?
先程の騒ぎの声は、社務所中に聞こえる程の大声だった。誰が来てもおかしくない。
誰が?
首を伸ばして窺おうとすると、敷居の上に立っていた人が部屋の中に入ってきた。
山根じゃないっ。
聞き覚えた足音よりも体重が軽そうな音だった。
事務を任されている山根だろうと思っていた。騒ぎを聞きつけてやってきただろう事と、すぐには問い質さない落ち着いた様子。それらからすぐに思い浮かんだのは彼しか居なかった。
「そう怯えるな。私だ」
「……冬季」
声を聞き、ほっ、と息をついた。
村に戻ってきていたんだっけ……。
再度壁の向こうを窺おうとすると、誰だか分る前に冬季が応えた。
「神事が一寸前から始まったようで、社務所内には、チヨ婆さましか居ない」
いつの間に神事が。否、漸く、か?
驚いたものの、今は安堵が勝った。
「良かった……」
チヨ婆さまなら、姥様には話すだろうが、普段から余り話す事もない識峰の兄達には話さない。禊や奉仕をさぼった訳ではないので、後々に咎められる事はないだろう。
意識の集中を取り戻すと、不可視の光が戻り、今度こそ落ち着いて帯を解いた。背後の視線が気になり、振り返らずに訊いた。
「冬季……。学校は?」
「土曜だ。今日は。何があった」
「……」
「ここに来るまでに、喜右ヱ門の首根っこを押さえて出てゆく一郎とすれ違った」
「えっ」
大方の見当はついていると言いながら喜右ヱ門を問い詰めて訊くつもりなのか。
「止めなかったのか!?」
「喜右ヱ門が何かをしたのか?」
窓辺に冬季は寄り、もたれかかって腕を組んだ。
理由もなしに一郎が人に乱暴をする奴ではないと分っているかのような余裕に見えた。
早く止めなくてはという想いから私は言い辛かったが、衣裳部屋に一郎が来るまでを手短に話した。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
どうでもいい事の一つ。時代設定が軽く十年前くらいに設定してあります。
なので、冬季の「土曜だ」というセリフに「はぁ?」と思われた方もいるかもですが、
昔は土日が休みではなかったのです。(←そんなに昔じゃねぇよぉお!と絶叫したい年頃)
=後日付け足し=
光希の冬季への説明、結局そのシーンは飛ばしたのですが、余りにもあっさり”話し”過ぎたかな、と。自爆的に文の最後に言い訳文句を付け足しました。(^^;ゞ (光希を応援してくれたkazuさんkikurageさんありがとうですw)
失態 4
2006-12-15
「何してる」
喜右ヱ門と光希しかいないと思っていた部屋に突如、第三者の声が飛び込んできた。
二人は互いに、はっ、として離れ、声の方向に顔を向けた。
廊下側の襖が開かれており、鴨居に両手を掛けた格好の一郎が塞ぐかのようにして居た。
見られた!こいつに!
生まれて初めて取り繕う事が出来ない失態を、喜右ヱ門は犯した事を自覚し、真っ青になった。
「何をしているんだ、と訊いたんだ」
再度、怒りを抑えていると分る声での問い掛け。
喜右ヱ門は別の襖に向かって走った。
一郎が追って駆け出し、すかさず光希が止めに入った。喜右ヱ門はそれを目の端に、脇目も振らず逃げた。
止めに入った光希の肩を、一郎は逆に肩を掴み、揺さ振った。
「あいつと何してたんだ!あいつと出来てたのか!?んな風に見えなかったがなっ」
「痛いっ。一郎っ」
突き飛ばす勢いで一郎は離した。
光希は一気に脱力した様子で、床に腰を落とした。寒い時のように体を震わせ、手を合わせ、口元に寄せている。
「……喜右ヱ門が……」
何故、とでも続きそうな疑問調子。
何が起こったのか、把握し切れていないようだ。
一郎は鋭い舌打ちをし、どっか、と胡坐をかいた。
「いつもあいつは、お前にあんな事をするのか」
「否……。初めてだ……」
「何故、振り払わなかったんだ」
「分らない……」
「は……。分らない、ね。神事で慣れちまったんだろ」
弾かれたように光希は顔を上げた。
一郎は黙然と立ち上がり、光希を見下ろした。
「……いちろう……」
「神事の怪しさは女神主の姿と共に目に焼きついてるし、神泊村の歴史を延々と聞かされたんだ。大方の見当は、これでも付いてる」
呼び止める光希の声に構わず、一郎は部屋を出ていった。
一人取り残された光希は呆然とし、のろのろと立ち上がった。
部屋から出ようとした足を止める。
神事用の着物のまま出歩く事は出来ず、長着を脱ごうと帯に手を掛けるが、その手が震えている。
いつもならすぐに解けるだろうに、指が結び目に上手く入らず、なかなか解けないでいる。
黒い瞳がどんよりとし、何処を見ているか分らない目になっている。
喜右ヱ門を振り払わなかった己に、それ程動揺していた。
そんな光希を見詰める者が、開け放されたままの敷居の上に立っていた。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
お気付きでしょうが、喜右ヱ門視点から第三者目線に変えました。
だって、途中でエモンが逃げちゃったんだもん(←だってじゃないって)
喜右ヱ門と光希しかいないと思っていた部屋に突如、第三者の声が飛び込んできた。
二人は互いに、はっ、として離れ、声の方向に顔を向けた。
廊下側の襖が開かれており、鴨居に両手を掛けた格好の一郎が塞ぐかのようにして居た。
見られた!こいつに!
生まれて初めて取り繕う事が出来ない失態を、喜右ヱ門は犯した事を自覚し、真っ青になった。
「何をしているんだ、と訊いたんだ」
再度、怒りを抑えていると分る声での問い掛け。
喜右ヱ門は別の襖に向かって走った。
一郎が追って駆け出し、すかさず光希が止めに入った。喜右ヱ門はそれを目の端に、脇目も振らず逃げた。
止めに入った光希の肩を、一郎は逆に肩を掴み、揺さ振った。
「あいつと何してたんだ!あいつと出来てたのか!?んな風に見えなかったがなっ」
「痛いっ。一郎っ」
突き飛ばす勢いで一郎は離した。
光希は一気に脱力した様子で、床に腰を落とした。寒い時のように体を震わせ、手を合わせ、口元に寄せている。
「……喜右ヱ門が……」
何故、とでも続きそうな疑問調子。
何が起こったのか、把握し切れていないようだ。
一郎は鋭い舌打ちをし、どっか、と胡坐をかいた。
「いつもあいつは、お前にあんな事をするのか」
「否……。初めてだ……」
「何故、振り払わなかったんだ」
「分らない……」
「は……。分らない、ね。神事で慣れちまったんだろ」
弾かれたように光希は顔を上げた。
一郎は黙然と立ち上がり、光希を見下ろした。
「……いちろう……」
「神事の怪しさは女神主の姿と共に目に焼きついてるし、神泊村の歴史を延々と聞かされたんだ。大方の見当は、これでも付いてる」
呼び止める光希の声に構わず、一郎は部屋を出ていった。
一人取り残された光希は呆然とし、のろのろと立ち上がった。
部屋から出ようとした足を止める。
神事用の着物のまま出歩く事は出来ず、長着を脱ごうと帯に手を掛けるが、その手が震えている。
いつもならすぐに解けるだろうに、指が結び目に上手く入らず、なかなか解けないでいる。
黒い瞳がどんよりとし、何処を見ているか分らない目になっている。
喜右ヱ門を振り払わなかった己に、それ程動揺していた。
そんな光希を見詰める者が、開け放されたままの敷居の上に立っていた。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
お気付きでしょうが、喜右ヱ門視点から第三者目線に変えました。
だって、途中でエモンが逃げちゃったんだもん(←だってじゃないって)
失態 3
2006-12-14
「光希様は……狡いですの」
「狡い?」
「優しい言葉で、態度で、縛りますの……」
「ああ……、そうか……」
かつて光希も優しい態度で思うように行かなかった事があるのだろうか。納得した様子を見せ、済まなそうな顔をした。
「押しつけるつもりは、なかった」
「分ってます」
自身のエゴは喜右ヱ門も自覚していた。
「今迄通りではいかんのですかの?」
「この神社の行く末に不安はないの?」
「それは……」
今朝の光希の指摘通り、喜右ヱ門にも不安はあった。
「神事での話を喜右ヱ門にも聞いて欲しいと思ったのだが……。無理にとは言わない」
「なして、今更」
「喜右ヱ門もその場に居た時もあったのに、私達の間でその事について話した事もなかったから……」
「敢て言う事サ……」
「でも私は、どこかいつも、不安、があった。……喜右ヱ門はもしかして……、心の底では私を軽蔑しているのでは」
「そっ、そっただ事、無ぇっ」
声を絞り出すように、喜右ヱ門は叫んで応えた。
驚いた光希が顔を下ろす。
「そっただ事、言わねぇでけろ……」
喜右ヱ門は顔を上げず、蚊の鳴くような声で言う。
軽蔑されるのはむしろ、我の方だ……。
異端子扱いしてくるだろう世間から光希を守る。そんな心構えがある。しかし、その裏には人には言えない感情が渦巻いていた。
「……妙な事を言ってしまった。喜右ヱ門にとっては神事の一環だったね」
心残りな顔をしつつも、光希は踵を返した。
その足の甲を、喜右ヱ門は触った。
光希は一瞬吃驚しつつも振り払わなかった。
「喜……」
すべらかな肌の足を、愛しいものにそうするように喜右ヱ門は撫でてゆく。
「……光希様……」
ゆっくりと腕を上げ、警戒のまるでない光希の腰に回していった。
我(わ)の手で、この村サ出られなくしてやるべか……。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
「狡い?」
「優しい言葉で、態度で、縛りますの……」
「ああ……、そうか……」
かつて光希も優しい態度で思うように行かなかった事があるのだろうか。納得した様子を見せ、済まなそうな顔をした。
「押しつけるつもりは、なかった」
「分ってます」
自身のエゴは喜右ヱ門も自覚していた。
「今迄通りではいかんのですかの?」
「この神社の行く末に不安はないの?」
「それは……」
今朝の光希の指摘通り、喜右ヱ門にも不安はあった。
「神事での話を喜右ヱ門にも聞いて欲しいと思ったのだが……。無理にとは言わない」
「なして、今更」
「喜右ヱ門もその場に居た時もあったのに、私達の間でその事について話した事もなかったから……」
「敢て言う事サ……」
「でも私は、どこかいつも、不安、があった。……喜右ヱ門はもしかして……、心の底では私を軽蔑しているのでは」
「そっ、そっただ事、無ぇっ」
声を絞り出すように、喜右ヱ門は叫んで応えた。
驚いた光希が顔を下ろす。
「そっただ事、言わねぇでけろ……」
喜右ヱ門は顔を上げず、蚊の鳴くような声で言う。
軽蔑されるのはむしろ、我の方だ……。
異端子扱いしてくるだろう世間から光希を守る。そんな心構えがある。しかし、その裏には人には言えない感情が渦巻いていた。
「……妙な事を言ってしまった。喜右ヱ門にとっては神事の一環だったね」
心残りな顔をしつつも、光希は踵を返した。
その足の甲を、喜右ヱ門は触った。
光希は一瞬吃驚しつつも振り払わなかった。
「喜……」
すべらかな肌の足を、愛しいものにそうするように喜右ヱ門は撫でてゆく。
「……光希様……」
ゆっくりと腕を上げ、警戒のまるでない光希の腰に回していった。
我(わ)の手で、この村サ出られなくしてやるべか……。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
失態 2
2006-12-14
昼休みが終わると喜右ヱ門は早速、夕飯の下ごしらえを始めた。
茄子の田楽に冬瓜のそぼろあんと五目豆。
朝から水につけておいた大豆を上げ、五目豆を作り始める。味を含ませた方が煮物は美味い。ひじきや干ししいたけも戻し、こんにゃくを下湯でし、にんじんの泥を落とす。大鍋が一杯になる程の具材の量で、ニ三日はおかずに困らず、時間のある昼にしか作れない。慣れた手つきで具材を切り炒め、大豆の茹で汁を加える。
頃合をみて調味料を加え、味をみる喜右ヱ門の顔がほころぶ。
弱火に落とし、柔らかくなるまで煮込む。
一段落すると衣裳部屋に入った。
社務所に居る全員が着る着物が、桐箪笥や長持ちに仕舞われている。
汚れや虫食いがないかを調べ初めて間もなく、廊下側の襖から声がかけられた。
「入るぞ」
姥様の息子の一人が和紙に包まれた着物を持って入ってきた。
識峰様のすぐ上の兄で、壮健な美丈夫だ。名前は山根(やまね)。42歳になる彼は、姥様の信頼も厚く、帳簿を預かっている。食料の買出しも彼の役目で、着物は仕立て屋から受け取ってきたのだろう。渡されたのは光希ので、成長期で着丈が合わなくなり、作り直したのが出来上がったのだ。
「本人を呼んで寸法を合わせた方が良かろう」
山根は事務的な口調で言うと、光希を呼ぶ為に部屋を出て行った。
暫くして衣裳部屋に光希がやってきた。
「良い匂いだね。社務所中漂ってるよ。五目豆?」
と、用事を忘れてしまいそうな嬉顔で言う。
「沢山作ったでの。帰りにお持ち下さい」
応える喜右ヱ門も満面の笑みを浮かべている。
喜右ヱ門は何よりも光希の笑顔が消えるのを恐れていた。
光希は、血の呪いの真の怖さを知らない。
抱えている真実を明かすことは、誰よりも知りたがっているだろう光希を死ぬまで苦しめる。
何があっても口にはしないと、喜右ヱ門は決意を固めていた。
「丈を見ましょうの」
喜右ヱ門は和紙から着物を出した。長着(ながぎ)と呼ばれる足首丈の着物と、袴。肌着や紐、帯なども全て白。
光希は後ろを向いて服を脱ぎ、喜右ヱ門が手に持って広げた長着に腕を通し、自分で前を合わせた。
「宜しいようですの」
光希の前に膝をつき、喜右ヱ門が裾を見て言う。
「喜右ヱ門」
「糊が効いて首サ当りますか?」
「私に今まで何も語らなかったのは、神社と私の間で板挟みになり、語りたくとも語れなかったのではないか?ずっと黙っているのは、さぞ……、辛いだろう」
喜右ヱ門は強張った顔を、さっと背けた。
このお人は……っ。
膝の上に揃えた両手を拳に握り込む。
「この際、どんな事でも、良い。……何か、言う事があれば、聞くよ」
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
これまでが真面目すぎて、なかなか投稿に踏み切れなかった管理人。
今夜は二回、投稿します。
肝心の読んで下さっている方に忘れられないウチに(笑)
茄子の田楽に冬瓜のそぼろあんと五目豆。
朝から水につけておいた大豆を上げ、五目豆を作り始める。味を含ませた方が煮物は美味い。ひじきや干ししいたけも戻し、こんにゃくを下湯でし、にんじんの泥を落とす。大鍋が一杯になる程の具材の量で、ニ三日はおかずに困らず、時間のある昼にしか作れない。慣れた手つきで具材を切り炒め、大豆の茹で汁を加える。
頃合をみて調味料を加え、味をみる喜右ヱ門の顔がほころぶ。
弱火に落とし、柔らかくなるまで煮込む。
一段落すると衣裳部屋に入った。
社務所に居る全員が着る着物が、桐箪笥や長持ちに仕舞われている。
汚れや虫食いがないかを調べ初めて間もなく、廊下側の襖から声がかけられた。
「入るぞ」
姥様の息子の一人が和紙に包まれた着物を持って入ってきた。
識峰様のすぐ上の兄で、壮健な美丈夫だ。名前は山根(やまね)。42歳になる彼は、姥様の信頼も厚く、帳簿を預かっている。食料の買出しも彼の役目で、着物は仕立て屋から受け取ってきたのだろう。渡されたのは光希ので、成長期で着丈が合わなくなり、作り直したのが出来上がったのだ。
「本人を呼んで寸法を合わせた方が良かろう」
山根は事務的な口調で言うと、光希を呼ぶ為に部屋を出て行った。
暫くして衣裳部屋に光希がやってきた。
「良い匂いだね。社務所中漂ってるよ。五目豆?」
と、用事を忘れてしまいそうな嬉顔で言う。
「沢山作ったでの。帰りにお持ち下さい」
応える喜右ヱ門も満面の笑みを浮かべている。
喜右ヱ門は何よりも光希の笑顔が消えるのを恐れていた。
光希は、血の呪いの真の怖さを知らない。
抱えている真実を明かすことは、誰よりも知りたがっているだろう光希を死ぬまで苦しめる。
何があっても口にはしないと、喜右ヱ門は決意を固めていた。
「丈を見ましょうの」
喜右ヱ門は和紙から着物を出した。長着(ながぎ)と呼ばれる足首丈の着物と、袴。肌着や紐、帯なども全て白。
光希は後ろを向いて服を脱ぎ、喜右ヱ門が手に持って広げた長着に腕を通し、自分で前を合わせた。
「宜しいようですの」
光希の前に膝をつき、喜右ヱ門が裾を見て言う。
「喜右ヱ門」
「糊が効いて首サ当りますか?」
「私に今まで何も語らなかったのは、神社と私の間で板挟みになり、語りたくとも語れなかったのではないか?ずっと黙っているのは、さぞ……、辛いだろう」
喜右ヱ門は強張った顔を、さっと背けた。
このお人は……っ。
膝の上に揃えた両手を拳に握り込む。
「この際、どんな事でも、良い。……何か、言う事があれば、聞くよ」
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
これまでが真面目すぎて、なかなか投稿に踏み切れなかった管理人。
今夜は二回、投稿します。
肝心の読んで下さっている方に忘れられないウチに(笑)
失態 1
2006-12-12
喜右ヱ門の朝は社務所に住まう全員分の朝食作りから始まる。
飯を炊き、味噌汁を作り、2・3品のおかずをこさえる。
仕事は他にもあるが、今はその殆どを一郎がやっている為、大分楽になり、好きな料理に時間を多くとれるようになった。
朝食を盆に載せて神主の自室に持ってゆくと手紙を渡された。数日前から体調が思わしくない神主は部屋には入れず、襖から手を出して盆を受け取り、白い封筒を差し出した。
「そろそろ良くなる頃だろう。渡しておくれ」
誰にとは訊かず、何がとも訊かない。
幾度と無くあった事だ。血色の窺えない白い肌。細くも節がしっかりとした33歳の男らしい手から受け取る。
喜ぶ光希の顔が浮かび、喜右ヱ門の表情が崩れる。彼の存在が、神社に養子に入ってからの光希にとって、心の支えの一つになっているのが分っていた。
「光希様はここを出てゆかれませんよね?」
心配になっていた事を訊ねた。
白い手が伸び、喜右ヱ門は撫でられようとした頭を下げて避けた。
「……得ようとすればする程、得られないものだよ……」
哀しげな声に軽く又頭を下げて応え、喜右ヱ門はその場から離れた。
今更何を仰られるのだろう……?
手紙を光希に渡すと、予想した通りの笑顔が見れた。
識峰様は光希様の心をとらえていらっしゃる。
一郎なんかに、この血の呪いは理解出来ぬ。
神泊村の者全てに血の呪いは降りかかっている。
余す事無く我(わ)にも。
神主の言葉の意味を、喜右ヱ門はその時、理解していなかった。
つづく
☆つまみ食いコース☆こちら
管理人、喜右ヱ門のような料理好きな人が欲しいっす。(←自分、ヤル気ゼロ)
飯を炊き、味噌汁を作り、2・3品のおかずをこさえる。
仕事は他にもあるが、今はその殆どを一郎がやっている為、大分楽になり、好きな料理に時間を多くとれるようになった。
朝食を盆に載せて神主の自室に持ってゆくと手紙を渡された。数日前から体調が思わしくない神主は部屋には入れず、襖から手を出して盆を受け取り、白い封筒を差し出した。
「そろそろ良くなる頃だろう。渡しておくれ」
誰にとは訊かず、何がとも訊かない。
幾度と無くあった事だ。血色の窺えない白い肌。細くも節がしっかりとした33歳の男らしい手から受け取る。
喜ぶ光希の顔が浮かび、喜右ヱ門の表情が崩れる。彼の存在が、神社に養子に入ってからの光希にとって、心の支えの一つになっているのが分っていた。
「光希様はここを出てゆかれませんよね?」
心配になっていた事を訊ねた。
白い手が伸び、喜右ヱ門は撫でられようとした頭を下げて避けた。
「……得ようとすればする程、得られないものだよ……」
哀しげな声に軽く又頭を下げて応え、喜右ヱ門はその場から離れた。
今更何を仰られるのだろう……?
手紙を光希に渡すと、予想した通りの笑顔が見れた。
識峰様は光希様の心をとらえていらっしゃる。
一郎なんかに、この血の呪いは理解出来ぬ。
神泊村の者全てに血の呪いは降りかかっている。
余す事無く我(わ)にも。
神主の言葉の意味を、喜右ヱ門はその時、理解していなかった。
つづく
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