車座 2
2007-01-04
「早く始めろよ」
一段高くなった部屋の中から、鴨居に万歳をする格好で一郎が手を掛け、私たちを見下ろしていた。
「そう急なすな。逃げはしない」
火鉢は大きく、周りにそれぞれ腰を下ろした。
時計回りに、私、一郎、喜右ヱ門、冬季。
火鉢を超えた私の向こうには、皆よりも少し離れて喜右ヱ門が座った。
鉄瓶の湯でお茶を淹れると、三人は湯飲みを抱え込むようにして口を付けた。
外は寒そうだな……。
三人が、ほぅっ、と息をついてから、始めた。
「集まってくれて有難う。今夜話すのは、四年前、私が始めて神事に参加した時の話と、一昨年の秋の神事の時の話だ。一郎が知りたがっている事でもあり、私も意見を聞きたい事があるので、話す。だが、話したからといって、無理に個人から何かを訊き出す事は、しない。そのつもりで、皆にもいて欲しい」
最後は喜右ヱ門と一郎に向って言った。
ああ、と一郎は返事をしたが、喜右ヱ門は俯いて黙ったままだった。
火鉢に炭を足し入れながら、私は語り出した。
「始めは、四年前の早春。今頃だ。夜中、誰だか分らないが、当時私が住んでいた山家に訪問者があり、その手に引かれて私はここ、神泊神社に来た」
つづく
次回は「椿童子」光希編。
徐々に暴走した内容になってゆきます。
「シートベルトを着用の上、離陸のショックに備えてください」
一段高くなった部屋の中から、鴨居に万歳をする格好で一郎が手を掛け、私たちを見下ろしていた。
「そう急なすな。逃げはしない」
火鉢は大きく、周りにそれぞれ腰を下ろした。
時計回りに、私、一郎、喜右ヱ門、冬季。
火鉢を超えた私の向こうには、皆よりも少し離れて喜右ヱ門が座った。
鉄瓶の湯でお茶を淹れると、三人は湯飲みを抱え込むようにして口を付けた。
外は寒そうだな……。
三人が、ほぅっ、と息をついてから、始めた。
「集まってくれて有難う。今夜話すのは、四年前、私が始めて神事に参加した時の話と、一昨年の秋の神事の時の話だ。一郎が知りたがっている事でもあり、私も意見を聞きたい事があるので、話す。だが、話したからといって、無理に個人から何かを訊き出す事は、しない。そのつもりで、皆にもいて欲しい」
最後は喜右ヱ門と一郎に向って言った。
ああ、と一郎は返事をしたが、喜右ヱ門は俯いて黙ったままだった。
火鉢に炭を足し入れながら、私は語り出した。
「始めは、四年前の早春。今頃だ。夜中、誰だか分らないが、当時私が住んでいた山家に訪問者があり、その手に引かれて私はここ、神泊神社に来た」
つづく
次回は「椿童子」光希編。
徐々に暴走した内容になってゆきます。
「シートベルトを着用の上、離陸のショックに備えてください」
車座 1
2007-01-03
やはり、宿泊所にゆこう。
考えるばかりに嫌気が差し、立ち上がった。
壁の洋服掛けから上着を取った時、戸口の方から賑々しい声が立った。
「かーっ。さっむいなっ。今夜はっ。しばれるってな、この事だなっ、おいっ」
やたら寒いを繰り返す声が一つ。
一郎だ。
私は上着を手に持ったまま玄関の板の間に立った。と、同時に戸が引かれ、眩しい光が飛び込むように入ってきた。
「おっ。光希。……悪い。待ったか?」
出かけようとしていた事に気付いたのか。
いつもと変わらない一郎の明るい様子に、ほっとして不安がきえてゆくのを覚えた。
「……一郎」
「何だよ。湿気た顔してんな。寂しかったのか?」
ぐりぐりと私の頭を撫で回す一郎の手は冷たかった。
「寒かったろう。入ってくれ。……あ。冬季」
一郎の後から、次いで、冬季が入ってきた。
「喜右ヱ門は?」
「連れてきた」
背後から押し出すようにして冬季は、喜右ヱ門を前にした。
一郎に乱暴をされてはいないだろうか、と思っていたのだが、見る限りでは、怪我はないように思えた。ただ、肩を落とし顔も上げず、光も弱弱しいものになっていた。
「喜右ヱ門……」
「……話を聞くだけですの」
「うん。構わない。上がって」
一郎は既に部屋に上がっている。続いて喜右ヱ門が上がった。
冬季は、板の間に腰を掛け、長靴を脱いでいるところだった。
その隣に私は蹲んだ。あの後、喜右ヱ門がどうしたかを問う前に、冬季が言った。
「何も、話そうとしない。一郎から仔細は聞いたが、頑として喜右ヱ門はやはり口を閉ざしたままだ。済まない」
「十分だ。ありがとう。喜右ヱ門の心は、喜右ヱ門のものだ。彼自身の判断に任せよう」
「光希。自分に関わる全てをはっきりさせたいのか?」
「うん?」
今更な質問に思えたが、冬季には気持ちを言ってなかった事に気付いた。
「誰から聞いた?」
聞くまでも無い。冬季は、一郎だ、と応えた。
「どこまで訊いた?」
気になって訊いた。
冬季はうんざりして応えた。村に戻って来た理由は再会の夜に聞かされ、山家から下りてくるまでの事、昔の事も含めた全ては翌日に。それからは毎日、その日の出来事を聞かされ続け、今朝からの事は先程聞いたと。不満を一気に並び立てるような様子に、一郎が一方的に喋り、止める事が出来ないラジオ同然のように聞き流している冬季の様子が、安易に想像出来た。
「あいつは心を隠すと言う事を知らないらしい。光希の事を天女だと思ったらしいな」
「そっ……んな事まで喋ったのか!?」
「女だったら嫁にするつもりだったらしいな」
「何だそれは……」
がっくり項垂れる私の耳に、笑い声のような軽い息が僅かに届いた。肩に手が乗せられたかと思うと、冬季は板の間に上がった。追って立ち上がると、狭い板の間で向き合う形になった。
「私も知っている限りの事を話そう」
「え?」
冬季には驚かされっぱなしだ。
「いきなりどうして?」
冬季は昔から私より村人に近く、内情を知っているに違いないと思え、申し出は願ってもなかった。
「勝手にべらべらと喋る一郎につられた……かな。知っているだろうが、私もかつては蚊帳の外だった。それは今も余り変らない。だから知る事も少なく、それも、良く分ってはいない」
「それでも良い。有難う」
私や喜右ヱ門のように、自ら進んで口にしなかったのは、話したくない怏々な理由が冬季にもあるに違いない。
それを賭して協力しようという姿勢が嬉しかった。
「問題は一郎が、神事の出来事を聞いて、どう思うかだな」
「さすがに天女だとは思うまい」
「社務所に殴り込みにゆくかもしれぬぞ」
「そうなれば止めるさ」
当たり前のように私が応えると、冬季は僅かに身動いだ。
「不思議に思うだろうが、攻撃的には向わせたくない」
「どうしてそう思えるんだ」
「……怖いから……」
そう私が応えると、冬季はそれ以上何も訊かなかった。
つづく
考えるばかりに嫌気が差し、立ち上がった。
壁の洋服掛けから上着を取った時、戸口の方から賑々しい声が立った。
「かーっ。さっむいなっ。今夜はっ。しばれるってな、この事だなっ、おいっ」
やたら寒いを繰り返す声が一つ。
一郎だ。
私は上着を手に持ったまま玄関の板の間に立った。と、同時に戸が引かれ、眩しい光が飛び込むように入ってきた。
「おっ。光希。……悪い。待ったか?」
出かけようとしていた事に気付いたのか。
いつもと変わらない一郎の明るい様子に、ほっとして不安がきえてゆくのを覚えた。
「……一郎」
「何だよ。湿気た顔してんな。寂しかったのか?」
ぐりぐりと私の頭を撫で回す一郎の手は冷たかった。
「寒かったろう。入ってくれ。……あ。冬季」
一郎の後から、次いで、冬季が入ってきた。
「喜右ヱ門は?」
「連れてきた」
背後から押し出すようにして冬季は、喜右ヱ門を前にした。
一郎に乱暴をされてはいないだろうか、と思っていたのだが、見る限りでは、怪我はないように思えた。ただ、肩を落とし顔も上げず、光も弱弱しいものになっていた。
「喜右ヱ門……」
「……話を聞くだけですの」
「うん。構わない。上がって」
一郎は既に部屋に上がっている。続いて喜右ヱ門が上がった。
冬季は、板の間に腰を掛け、長靴を脱いでいるところだった。
その隣に私は蹲んだ。あの後、喜右ヱ門がどうしたかを問う前に、冬季が言った。
「何も、話そうとしない。一郎から仔細は聞いたが、頑として喜右ヱ門はやはり口を閉ざしたままだ。済まない」
「十分だ。ありがとう。喜右ヱ門の心は、喜右ヱ門のものだ。彼自身の判断に任せよう」
「光希。自分に関わる全てをはっきりさせたいのか?」
「うん?」
今更な質問に思えたが、冬季には気持ちを言ってなかった事に気付いた。
「誰から聞いた?」
聞くまでも無い。冬季は、一郎だ、と応えた。
「どこまで訊いた?」
気になって訊いた。
冬季はうんざりして応えた。村に戻って来た理由は再会の夜に聞かされ、山家から下りてくるまでの事、昔の事も含めた全ては翌日に。それからは毎日、その日の出来事を聞かされ続け、今朝からの事は先程聞いたと。不満を一気に並び立てるような様子に、一郎が一方的に喋り、止める事が出来ないラジオ同然のように聞き流している冬季の様子が、安易に想像出来た。
「あいつは心を隠すと言う事を知らないらしい。光希の事を天女だと思ったらしいな」
「そっ……んな事まで喋ったのか!?」
「女だったら嫁にするつもりだったらしいな」
「何だそれは……」
がっくり項垂れる私の耳に、笑い声のような軽い息が僅かに届いた。肩に手が乗せられたかと思うと、冬季は板の間に上がった。追って立ち上がると、狭い板の間で向き合う形になった。
「私も知っている限りの事を話そう」
「え?」
冬季には驚かされっぱなしだ。
「いきなりどうして?」
冬季は昔から私より村人に近く、内情を知っているに違いないと思え、申し出は願ってもなかった。
「勝手にべらべらと喋る一郎につられた……かな。知っているだろうが、私もかつては蚊帳の外だった。それは今も余り変らない。だから知る事も少なく、それも、良く分ってはいない」
「それでも良い。有難う」
私や喜右ヱ門のように、自ら進んで口にしなかったのは、話したくない怏々な理由が冬季にもあるに違いない。
それを賭して協力しようという姿勢が嬉しかった。
「問題は一郎が、神事の出来事を聞いて、どう思うかだな」
「さすがに天女だとは思うまい」
「社務所に殴り込みにゆくかもしれぬぞ」
「そうなれば止めるさ」
当たり前のように私が応えると、冬季は僅かに身動いだ。
「不思議に思うだろうが、攻撃的には向わせたくない」
「どうしてそう思えるんだ」
「……怖いから……」
そう私が応えると、冬季はそれ以上何も訊かなかった。
つづく
