神が泊まる村

蓋を開けたのは誰?  陰(いん)の闇が溢れた。 長編小説連載中。

金精様 4

「何処に神主は居るんだ?」
 一郎は真剣な面持ちで訊いた。
 逆に光希は、ほっと安堵の色を浮かべた。
「神泊処だ。基本的に神事はいつ始まるのか分らないので、禊斎が始まった時からそこで常時待機する事になっている。が、実際は知らない」
「あ?いつも会ってんじゃねぇの?」
「以前はよく会っていたが、余り顔も合わせないし、話も、しない。姥様と同じ様に、社務所内の自室に籠られていて、滅多にお出にならないから」
「じゃあ、親父さんと似ているかどうか何て事ぁ、分らねぇか」

 光希は吃驚したように目を丸めた。
「識峰様と父が?」
「この村でお前のかつての父親の年齢に一番近いのはそいつだろう。皆顔が似たり寄ったりでも年齢の近い者と見比べられれば」
「そうか。普段は会わなくとも神事の時には会うが、既に神泊りされている時だ。……雰囲気が普段とまるで違う……」
「雰囲気?まさか、お前。雰囲気だけで人を区別してるなんて言わないよな?」
「否。あと、声。と態度。……態度は、雰囲気と似ているか」
 一郎はがっくりと頭を垂れた。

 当てが外れた。
 かつて村の中で、光希の父親が重要な人物であったのならば、姥様の息子である可能性がある。
 何もかも曖昧な今の状況では、息子と容姿が似ていれば前進する一つの光明となり、前へ進める。
 光希の元々この村の人間ではない、という概念が崩れた今、意見を聞きたかった。

「一郎には済まないが、父の顔ももううろ覚えだ」
 父親の顔を目の悪い光希がはっきりと見た回数は少ないだろう。それに、似たり寄ったりの顔をした村の中で育った光希に、顔を見分けろと言うのは、どんぐりの背比べのようなもので、それこそその人の雰囲気や性格がものをいうに違いない。

「俺も、お前の親父さんの顔はうろ覚えだなぁ。だけど、社務所内をうろついている、姥の他の息子達とは、似てるとは思わないな。ってゆーか、あいつらがそれぞれ似てねぇ。微妙だがな。それ以前に、互いを牽制しているようで、本当に兄妹かってぇ、感じがするぜ。陰気ったらありゃしねぇ」
「そうか」
 光希はくすくすと笑っている。
 何がおかしいのか分らないが、否定しないところを見ると、普段から光希もそう思っていたのだろう。

「ま、他にも見比べてみる対象はあるからな。識峰様とやらは後回しにしよう」
「え?他に誰が?」
 光希の問いに一郎は、にっ、と笑い、昼飯にすべく最後の薪を腕に抱え、薪置き場を出た。



つづく


☆つまみ食いコース☆こちら




「金精様」の章、終了です。
問題を持ち越してばかりですまなかです。
少しずつ、でも確実に進展しようとする一郎と共に謎解きをしてくれたら嬉しいですw
次回は又一郎視点で、光希、そしてエモンを交えた「昼休み」を載せますv

金精様 3

「ここはエグジットの中のエグジットだよ」
 一郎は空気を変えるように態(わざ)と軽く言った。
「エグジット?」
「出口。非常口。普段は使われず、個人的な用がある者だけがこっそり利用する」
「意味は知っている。だが常識なのか?その使用方法は」
「常識ではないが手段として考える奴も居るさ。人目につかないのを狙って度々向かう奴も居るだろうし、必要と思われた時以外にも向かう奴が居ないとは言えないだろ。そうなると、不定期にも絶え間なく来る奴が居るという点で、神社は非常口と良く似てる。神泊神社はその中でも特に決まった理由をもった者が使う出口」
「その先は?」
「ん?」
「出口と言うからには何処かに出るのだろう?」

 一郎は首を捻った。普段使わない頭を使うと途端にボロが出る。

「そうだな。開放された未来?ここに来るのは、子供が欲しくても出来ない夫婦や個人的悩みを持つ者で、それまでによっぽど精神的に八方塞になっているだろうから、悩みの根源を取り去ってくれるだろうここは、悩んできた時間とは違う未来が開放される場所なんじゃないか?」

「上手い事を言うな」
 一郎は鼻の頭を指先で掻いた。嬉顔をしている光希をちらりと窺う。
 一郎の顔が真剣なものに変っていった。鼻先に指を当てたまま動かなくなった一郎に光希が首を傾げた。

「出口だけじゃない」
「え?」
「この村にやって来る人にとっては、これ以上は進めない終着点で、来た道を戻ってゆくが」

 神社から背後になる山は神聖な場所とされており、立ち入る事は許されない禁忌の場所。

「神だけは通過点として通ってゆく」

 常に居る者にとっては、行く事も離れる事も出来ない縫いつけられた場所に違いない。

 光希は、きゅ、と形の良い唇を結び、やや視線を落とした。
 得体の知れないものを迎え送っている恐怖か。
 黒く吸い込まれそうな瞳に怖れが滲んでいる。

 光希は理性的であるが、得体の知れない存在を決して否定しない。
 真白な様でいて腰上までどっぷりと泥沼にはまっているように見える。

 傍に居てやるだけでなく、解放してもやれないだろうか?
 だが、本当にそれを光希が望むだろうか?

 光希の上着の内ポケット辺りに視線をやる。
 とどのつまり一郎は、光希が手紙の主に対してどんな想いを抱いているかが問題だった。




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金精様 2

「ここは変わってるな。やっぱり」
「うん。他に質問はあるか?」
 光希は戸口近くに詰まれた薪の山に背を預け、天井に顔を向けた。
 一郎も顔を天井に向けた。
 何かが居る訳ではない。

 薪置き場の上は、外から見た限りでは小さな天窓が一つ二つあるだけの倉庫だ。
 誰かが社務所内から入り使用中ではないとは言えないが、空間や外の雪が声を拡散吸収するので、使用中であったとしても余程の大きな声で喋らない限り、話の内容は聞き取れないだろう。
 それでも光希は、用心深く小声で言った。
「妙な質問以外は、応えよう」
 習い一郎も小声で質問した。

「妙な物と言えばさ。拝殿の床下に、薪のように沢山積まれてある、小さい木の棒。ありゃあ、何だ?」
「ああ。あれはな」
「大人の玩具に見えてしょうがねぇんだが」
「何?」
「あれだよ」
「あれとは?」
「分るだろ。雑誌なんかで……、見えないから読まねぇか。参拝者が話したり……、光希に面と向かったら言わねぇか」
「何を」
「訊くな」
「何故だ」
「あああああ。俺にはズバリ、男のナニに見えるんだが」
 何何と続く遣り取りに溜まらず一郎は、思った事をそのまま口にした。
「うん」
「う?」
 意外にもあっさりとした返事に、一郎は喉を詰まらせたような声を出した。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている一郎に構わず、光希は神妙な顔のまま話し出した。

「それを模した物だ。金精様(こんせいさま)と言ってな、五穀豊穣、家内安全、子宝や夫婦円満を祈願して作られた物。
道祖神のように、道々に配されている場合もある。
拝殿下にあるあれは、個人個人の家庭で拝まれていた物で、願いの叶った者が感謝と共に、神に返した物だ。床下にあっても奉納品で、あやかりたい者が持って帰っても構わない物でもある。
玩具とは異なこと。確かにこけしにも似て見えるが肝心の顔が描かれていない。……大人の……?」
 拘る光希に一郎は慌てた。
「そんな大層な物とは知らなかった」
「必要と思う心。信心がなければ、妙な物としか見えないだろうな。一目見てそれと分る作りは、純真でおおらかな信仰心の顕れでもある。呼び方は様々だが、全国に同じ物、似たような物があり、関東の道にもある、と聞いた事があるが?」
「初めて見たし聞いた」
「やはり、未だ祀っている所は少ないのだな」
「やはり?」

「明治六年、か。金精様はな、民間に於いて熱心に信仰されていたものであるが、形もさる事ながら、淫祠邪教の類いであるとされ、又、公序良俗に相応しくないとして排除令が出された事があるのだ。
だが、それ迄は神様として拝んでいた物だ。捨てる事も罰当たり、と、その一時(いっとき)に、ごそっ、と神社に返された。
方々の神社に。その殆どが焼却されたり、役人によって没収されたりなどして、残っている物は少ないと聞く。
戦後になると淫祠邪教であると言った意識も徐々に薄れていったが、一度駄目だ、と言われれば、もう一度拝み直す気にはなれないだろう。
信心とは、かくもデリケートなのだ、と言う表れでもあるな」

「左様でございますか」
 友人の生真面目な話に一郎はそう応えるしかなかった。
 ……本当に俺と同い年?
 神道に対する光希の真剣な想いは参道での話の時に分っていたが、あれにしか見えない物を躊躇いも恥じらいもなく話す態度は、潔癖すぎるように思え、年齢的に大事な事が抜け落ちているようにも思えた。
「昔は子供が出来なければ離縁の憂き目に遭う事も珍しくなかったから真剣に拝まれていたが、今はそんな事も余りなかろうし、個人的に拝むものでもあるから、余り知られてなく、拝む者が少ないらしい。それに、子供が出来なければ、神に縋るよりもまずは病院に行くだろう」
 完全に興味をなくした一郎を余所に、光希は淡々と説明を続けた。

「それでも、駄目な時……に、隠れてここにやって来る」

 再び表情を曇らた光希に、一郎は、ふう、と安堵の溜息を吐いた。





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金精様 1

 一郎は社務所の裏で薪運びをしていた。
 薪置き場は、社務所の裏手に設けられ、建物と繋がった造りをしているが、戸口が外に造られている。雪の中を往復し、使う分だけの薪を社務所の裏口から運び入れていた。表の扉から光希が土間に足を踏み入れた時、折り良く出て行く姿を見たが、大股で足の速い一郎は気付かず、光希は外まで追ってゆき、薪置き場で声を掛けた。
「一郎」
「光希」
「昼食にしよう」
「後一回運べば終わりだ」
 そう言いながらも一郎は、薪も持たず、光希に向き直った。

「何してたんだ?」
「拝殿の掃除だ
「いつも扉は開いているのか?」
「うん?神事期間だけだ。禊斎が始まると開かれ、神事が終わると閉じられる。昼も夜も。神事期間中はずっと、開かれる。変わっているだろうが、ここ神泊神社の主旨は、通り道であり、泊まる場所、だ。神がお通りお泊りになられるよう、扉は開かれる」
「奥の建物の扉は、閉じられてるじゃねぇか」
「えっ」
 光希は驚き、まさか入ったのかと疑う顔を一郎に向けた。
「風の具合で見えたんだよ」
 よしてくれと言う具合に一郎は、手を軽く振り、言った。

「あの奥の建物。あそこが本殿、神が祀られている建物、……だろう?神が通り泊まるように、拝殿の扉が開かれるってんなら、あそこを開けなきゃ、意味ねぇんじゃねぇの?」
 光希は安堵した様子を見せた。
「一郎も神事を受けた事があるのだから知っているだろう?あそこは、本殿ではないのだ。昔も今も背後にある高い山が御神体であり、この神社には元々本殿は無い」
「じゃあ、何だ?」
「神泊処(かむどまりどころ)と呼ばれている場」
 光希は真面目な顔に変えて応えた。

「神泊りの神事を行う為の専用の建物で、初めの岩があった場所に建てられたものだ」
 生真面目というよりは表情がなくなっている。

 神霊は神主の体に泊まった後に、山へと上り、より高い山々へと帰ってゆく。

「奥の扉が閉められているのは、通る神霊が谷に入ると神主には分るようで、今はその時ではないからだろう。それ迄は、大抵、閉められる。……分らない場合もあるが……」
 眉を潜ませ表情に陰りが生まれる。

 場合もあるって言う事は、分らなかった時が今迄にあったのか。しっかし、肝心の神主に分らないんじゃぁ、ドコにでも好き勝手に行っちまうんじゃねぇの?大体、それって、分るもんなのかね?

 一郎は不可思議な存在を全く信じていなかった。むしろ懐疑的だ。
 疑問を光希にぶつければ、あぶれた神はどうなるのかと訊いた時と同様、元の御神体で砕かれて山に安置された岩岩に泊まるとでも答えが返ってくるだろう。
 モノは言い様、都合の良い理屈にしか思えない。そして、表情を曇らせた光希が決まった事しか話さないのが分っているから、深く訊くつもりもなかった。





「金精様2」へはこちら



四回に分けて投稿する「金精様」の章。
暫く光希視点でしたが、一郎寄りの第三者視点で書きます。
(そうなっていればいいですけど^^;)
その方が謎を追ってゆきやすいかなと。
というのは建前で、実はこっちの方が遥かに書きやすく気軽。(爆)


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神泊(旧・月森) 光希

初音 一郎

神泊喜久枝 (姥様)

斎 喜右ヱ門 (エモン)

月森 冬季

神泊 桃花

『神が止る村』 相関図
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『神泊村』相関図


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