神が泊まる村

蓋を開けたのは誰?  陰(いん)の闇が溢れた。 長編小説連載中。

養子縁組 5

「最も危険な場所、神様が泊まったかどうか分らない、危険な場所からは、遠ざけられた」
 一郎は言いながら、後ろ手を突いた。
「それでも、二度目が起きた」
 じっと私の方を見た。

 私は視線を伏せた。
 目線で見るものではない不可視の光は、応えを待っている一郎の様子を変わらず教えてくれた。

「噛み傷じゃねぇ、切り傷」

 何があったのか。
 強制的に受けさせられた神事の時の事を語った後であるから、おおよその見当はついているだろうが、詳しくは知らない冬季も、私の応えを同じ様に待っている。

 私は、喜右ヱ門に顔を向けた。
 深く頭(こうべ)を垂れた姿勢に戻っている。

「冬がいきなりやってきた年だったの……」

 驚いた事に、喜右ヱ門の方から話し始めた。
 一昨年の秋に起きた出来事を。




つづく



本編上で、光希は15歳。
(高校に通っていたら、一年生で、この春に16歳になり、二年生)。
去年の秋といったら、中学三年の秋で、14歳という事になる。
何年前という言い方をすれば、年越しをまたいで、
一年と半年前の話……と、今更、時間間隔を確認する管理人……。
(↑原稿では二年と半年前と書いていたボケ)
おかしいぞ?というところがありましたら、管理人に蹴りを、いや、一筆ご報告ください((*_ _ 

養子縁組 4

「……待ってくれ。一遍に訊くな」
 子供のまま大きくなったような一郎の質問に、私は苦笑し、頭の中で反芻した。
「識峰様とは大分、親しくなった」
 興味を強く抱いていると感じられた質問から応えていった方が、良かろうと思った。
 どのように乱暴をした彼と親しくなっていったかを。

「怪我が治った頃には、すっかり春になっていて、私は近くの中学に通学するようになった。不可視の光が見れる事で、黒板の字は読めるようになったが、印刷物の文字が見えなくなり、次第に授業についてゆくのが難しくなった」
 神泊神社の財政は豊かではない。遠い盲学校に通うという話すら出なかった事を、不思議にも思わなかった。地方は教員の数が少なく、小学校でもそうだったが、目の不自由な子供の為に特別な教室を開くこともなかった。

「そこで勉強を見てくださったのが、識峰様だった」

 識峰は大学までいったが、私と同じく熱を出し易い体質で、中途でやめていた。解き方や答えをただ教えるのではなく、答えを導き出せるよう、時間をかけて教えてくれた。

「大した学力の差もなく、他の生徒と机を並べて卒業に至ったのは、根気良く識峰がみてくれたお陰だ。神事の事については、私も識峰様も、触れない雰囲気があった所為もあって、本当の兄弟のように仲良くなった。神事の後で床(とこ)をもらった部屋は、識峰様の自室の隣でね。私は半年くらいそこで寝起きしていて、自由に往来をしていた」

「我(わ)も勉強の際には、御一緒したの」
 ぼそりと呟いた声は喜右ヱ門だ。
 私は、忘れていた訳ではないよ、という意味を込めて、不機嫌に聞こえなくもなかった喜右ヱ門に、微笑を向けた。
「喜右ヱ門は、私の分までノートに細かく書いてくれて、識峰様と私に授業の内容を教えてくれた。逸れずについてゆけたのは、喜右ヱ門のお陰だ」
「我も復習予習になったの」
 喜右ヱ門はそっぽを向いて応えた。
「勉強以外の時でも、よく会われてましたの」
 今度は、確認するような意志が感じられた。
 それにも私は、うん、と応えた。
「識峰様が教えてくださったのは、勉強だけではなかった。村の外の事や自分の事を話してくれ、村と学校しか知らない私の世界を広げてくれた。参詣者とよく話すようになったのは、そうした事があったからだ。それから半年後、この家(や)に移り住んだ。脇に教科書を抱え、毎日変わらず社務所に通った。一人暮らしは、姥様がお決めになった事だが、識峰様も、そうした方が良いと、勧めた」

「そいつも勧めた?どうしてだ?」
 一郎の質問に、また私は苦笑いをした。
 疑問を口にすぐする子供のような訊き様は、言い難い事を言う時は、言い易くなって助かる。

「識峰様の配慮だ。そろそろ秋の神事が始まる頃だった。いつか泊まりがあるか知れないと」

 突発的という事は、今では殆どなくなっている。識峰が、神が泊まるのを察知するようになり、前もって準備が行われる。どの様に察知するのかは、本人のみぞ知る、感覚的な事らしく、はっきりとした説明を聞いた事はない。

「傍目から見て、泊まったと分るのは、稀だ。様子が変だぞと思うくらいで、はっきりそれと分るのは、普段の神主をよく知っておられる方に限られる」
「姥か」
「そう。あの時、識峰様がお一人で山に登られていたのは、泊りが初めてで、すぐにはそれと分らなかったからだろう。始まったら始まったで、受ける受けないの意志は関係ない。近くに居る者が一番、危うい。危険なまた目に遭わせてしまうかもれない。あのような事はもうしない、そう約束してくれたのは、最も危険な場所から遠ざけてくれるという意味だったのだ。一人暮らしを始めて間もなく、姥様から私は、神饌を運ぶ役を任され、神事を担う成員となったものの、姥様の息子達も成員で、荒い神霊だと思われた時には、任が回って来る事はなかった。姥様にそうしてくれるよう、識峰様が頼んで下さったという事が、後に訊いて分った」

「ふ〜ん……」
 腑に落ちないような声を、一郎は返してきた。




つづく

養子縁組 3

「私がそう訊くと、識峰様は、目をゆっくりと閉じて頷きに代え、応えて下さった。父の神泊神社内に収まらない話の内容と考えをいたく尊敬し、たまに村道で出逢った時などに、立ち話をした事があると。思い出深く話して下さった」

 当時を振り返りながら、私は話し続けた。

「その晩は、申し出の応えを保留にさせて貰った。翌日、姥様が本当に養子の話を持ってきて、話の信憑性が得られたのもあって、二つ返事で話を受けた」

「その様な事が、前の晩に……」
 喜右ヱ門が、驚いたとも納得いったともとれる、声で言った。
 養子の話を受けた場には、喜右ヱ門も居た。
 神事の晩から会うのは初めてで、開け放たれた廊下に正座している彼に私が気付いて名を呼ぶと、床に手をついて頭を下げた。
 思えば、私を上に置いた喜右ヱ門の態度は、あの時からだ。

 私は少し俯いて言った。
「話を受けたのは、同じく両親を亡くした喜右ヱ門が居たのも大きかったけれど、識峰様が居る、側に居て下さるというのが、大きかったのだよ……」
「……」
「縋れるものが、欲しかった……」
「両親を一遍に亡くしたんだ。……仕方ない」
 冬季が私の右肩に手を乗せ、言った。

「触んなっ」

 怒り声と共に、畳が踏み鳴らされた。

「どうなんだ、その話は。乱暴を働いた本人が、養子の話を勧めにくるってのは。狭い村で光希を他に気にかける奴が居ないってのもあるだろうが、そもそもがおかしかないか?」
「仕方あるまい。頼る身寄りもないと思っていたのだから」
 私の代わりに、冬季が一郎に応えた。
「でもよ……」
「両親が健在で、まともな家庭で、自由気儘に育ったお前には分かるまいっ」
 初めて怒りを露わにした冬季の声だった。
 私も吃驚したが、一郎も吃驚した様で、少し上体を退いた。そして、後頭部を掻き、済まん、と小さな声で言った。
「俺は只、この村全体が怪しいと」
「そんな事は百も承知している。だが、お前には今聞く話だろうが、当事者にとっては只の話ではない。もう少し人の気持ちとかを考えろ」
「……はい。」
 一郎の素直な返事に、私はまた吃驚した。心から一郎が折れるのは初めてではないだろうか?そう思える返事だった。
 しかし、さすがに一郎。すぐに気を持ち直したようで、くるりと私に顔を向けた。

「識峰様という人と、それからは上手くやってんだな?なのに、何で一人暮らしを?神事には、常に参加するようになったのか?神饌を上げてるんだよな?」
 復帰の速さと、矢継ぎ早の質問に、私は眉間を押さえた。

 まるで子供だ……。




つづく



ぉおう(>_<;)
一郎の質問の多さに、管理人、ドツボにはまりました。
次はどうしましょう?

養子縁組 2

 識峰は私の妙な質問に、案の定、黙った。
 喜右ヱ門から私の目が悪い事は、聞き知っているだろう。
 不可視の光を見る目であっても、普段は、容貌までは分らない事を伝えるべきかどうか迷った。

「……私だけ、見えるのかい?」
 迷っている内に、識峰の方から逆に訊いてきたので、私は小さく頷いた。
「……そうか」
 短く応えたその一言が承知した返事であるように聞こえ、恐る恐る私は顔を向けた。

 ……笑顔だ……。
 
 安心したような、微笑みがあった。

「今の私は正気だ。……さ、体をお戻し。傷に触る」

 優しく肩に手が乗り引かれるまま、私は仰向けに体を戻した。
 水に浸し直した手拭が乗せられ、又頭を撫でられた。
 深く優しい目が、間近にあった。

「本当に、済まなかった。神事の間は神霊に意識を奪われてしまう。止められなかった……」

 いきなり私の目から涙が溢れた。
「……辛かっただろう……」
 両目を片腕で押さえた。例え自分に乱暴をした本人であっても、あの夜から始めて触れる人の優しさであった。
「……ふっ。うぅ」
 どうしようもなく心が波立ち、止め処なく嗚咽と涙が零れ出た。
「藤仁さんも……、雪子さんも、何故、こんなにも可愛い子を残して逝ってしまったのか……」
 大きな手で何度も優しく頭を撫でられ、益々泣けてきた。
「……どんなにか寂しいだろう……」
 私の気持ちを察して慰めようというだけでなく、自らの気持ちを吐露するかのような、感情の籠もった声に私は、声を上げて泣いた。
 両親の死を嘆く人が居る。
 識峰が、おいで、をして抱き上げたので、自分からしがみつき、治まりもせず泣き続けた。

「光希。……あの晩、喜右ヱ門も母親を亡くしているのだ」

 私の嗚咽が漸く収まりかけた時、識峰がそう私に教えた。
 喜右ヱ門の母親もまた、両親が亡くなった晩、理由も分からず、投身したと。
 禁忌の場所である神落としの谷で、同じ様に。
 そして、これも教えてくれた。
 姥様が私を養子に迎える意志があり、明日、話を持ってくるという事を。

「……もし、光希。嫌でなかったら、神社においで……」
 控えめな識峰の申し出に、私は当然、躊躇した。

「……あんな事は、もう、しない、と約束する」
 あんな事、と言うからには、自身にもあの時の記憶があるのか。
 誰も聞きもせず、知ろうとも事を、この人は、当然、知っている。二度としないと、決意の籠った目で真摯な態度で約束してくれている。

「僕の両親を知っているの?」




つづく

養子縁組 1

 私は、冬季の背中でまた気を失い、そのまま社務所の一階の奥の部屋で、姥様の手による治療を受けた。
 右肩は、肉が割かれ、鎖骨が折れていた。どう手当てしたのか。
 数日間、大熱を出し、意識が戻らなかった。

 家に帰りたい。

 意識が戻ると、高熱の床の上から姥様にそう申し出た。
 しかし、それは適わぬ事と知らされた。
 神事を受けた同じ晩、両親が自ら崖から落ちて死んだ、と。
 始めは信じられなかった。否、信じなかった。
 入れ替わり立ち代わり義務のように看病に来る、息子達や喜右ヱ門、チヨ婆さま、それら誰に訊いても同じ応えが返ってきた。

 嘘だ……っ。どうしてっ……。

 動けぬ身で、待つしかなかった。両親の迎えを。
 私が大怪我をした上に大熱を出し、何日も社務所に寝かされているのだから、生きているならば、必ず迎えに来てくれている筈である。幾日待っても迎えがなく、代わりに山家にあった私の服が届けられ、徐々に両親の死を受け入れるしかなかった。

 僕が神泊神社なんかに興味をもつからだ。
 父が敢えて無視していた神社だ。その理由が、あの夜を経てからは良く分った。神道に潔癖な父は、きっと受け入れられなかったに違いない。なのに反抗して興味を抱き、迎えに来たなごしの後について、のこのこと来てしまった。
 手を振り切って逃げ帰れば良かったんだ。
 出来ない事ではなかった。
 山家を出た後、両親に何があったのか。逃げ帰っていれば、両親は死なずに済んだのではないか?

 連日、後悔し、両親の死に咽び泣いた。
 どうして、山の中でひっそりと暮らしてきた私達一家が、こんな目に遭わなければならないのか、運命の非情さに打ちひしがれた。

「冬季は村サ出ていった。なごし?そんな者サ居ね」
 冬季の安否を確かめ、改めて私をここに連れてきた人物の事を訊く私に、姥様の息子達は怒りを露わにした冷たい態度で応えた。
 気も体も、怪我の痛みと熱で弱り果てていた。
 泣き疲れて眠った私の枕元に、ある夜、一人、見舞った人が居た。

 ひやり、と冷たい感触を額に感じ、眠りから覚めた。
 手拭いだ。夜中に誰だろう、と目を振ると、布団の隣に、白いシャツにズボン姿の識峰が正座していた。
 あっ。
 驚き、布団から飛び出そうとした。が、熱によりすっかり筋力を失った体は、反転しただけだった。
「止めてっ」
 横様になった私の肩に、大きな手が乗せられて悲鳴が出た。
「済まない……」
 識峰は、私の頭を一つ、撫でてから手を離した。
「只、謝りたくて、来た。……何も、しない。良く、養生しなさい」
 初めて聞いた識峰の声は、切に済まなく思う気持ちが籠っている声だった。
 私はそれでも、あの晩の記憶が新しい時だったので、激痛を起す右肩に構わず体を縮こませ、強張らせて震え続けた。

「どうして……、あなた……は、……顔がはっきりしているの?」
 妙な質問だった事に、言い終わった後で気付いた。そう見えているのは私自身であって、当人に訊いて分る事ではない。
 しかし、訊かずにはおれなかった。
 意識が戻った時、私の目は、物の在る無ししか分らない程度に悪くなっており、代わり、不思議な光、不可視の光が常に見えるようになっていた。精神的なショックと、神事に関わったからだと、姥様が教えてくれた。
 だが、神事を受ける前から、識峰だけは、その端正な容貌がはっきりと見えていた。




つづく

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神泊(旧・月森) 光希

初音 一郎

神泊喜久枝 (姥様)

斎 喜右ヱ門 (エモン)

月森 冬季

神泊 桃花

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