蛇神−光希編 9
2007-05-08
「……光希様に我は、秘密を暴いて欲しく無ぇだ……」
喜右ヱ門がおずおずと口を開いた。
済まない気持ちで私は微笑んだ。彼が村の問題に目を背けようとする理由に心当たりが一つあった。それでも、何もないのだと、今迄通りの盲目状態に戻る事は出来ない気持ちだった。
「村の因習に囚われない一郎のお陰で、何が大事なのかが、分かった。暴くことを恐れず、突き進む力だ」
「分かった分かった」
一郎が掌をひらひらとさせて振り返り、何事も無かったかのように火鉢の傍の元の位置に戻った。
「深刻に考えるな。頭が重くなる」
深刻さを醸し出していたのはお前だと、彼以外の誰もが、思った事だろう。
居心地悪そうに一郎は、首の後ろを撫でた。
「俺は正直、この村に、馴染めない。余所者だからだろうが何だろうが、感覚的に理解出来ない。客観的な見方しか出来ない」
ないないない、と繰り返し、だが、と顔を上げた。
「お前達にもおかしいと思う気持ちは、あると、思っている」
それはそうだ。
私が応えようとすると、掌を翳(かざ)されて止められた。
「怪我を負わされるかもしれない神事が良い事か?
そうした神事が行われていると知っていて、反対の声を尚も上げないのか?」
今更と思える事を一郎は、確認するように喜右ヱ門と冬季に向けて言った。
「お前らが一番おかしいのは、そこだ」
喜右ヱ門と冬季は黙って俯き気味になった。
「おかしいと思う気持ちから結局は逃げ、従順になってしまっている」
二人は何も反論しないでいる。
一郎は、私に顔を向けた。
「一人が犠牲になっても、この村は救われない」
妙にはっきりとした言葉に、私の心臓が、どきり、と萎縮した。
「俺がお前を犠牲になど、させない。
まともな神経をもってる奴は、こう、考えるところだ」
今度は、違う意味で、私の心臓がどきりとした。
「一郎。私は守られ一辺倒に値するような、そのような人間ではない。話を聞いて分った筈だ」
「どうしてそうやって、気持ち的に俺を切り離そうとする」
恐いからだ。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
一郎のように恐れも迷いもなく進む者は、そうは居ないだろう。まして己に向かってきていると分っては。
自分でも知らない、どうしようもなく愚かな顔が現れてきそうな気がする。
「お前(め)……」
思わぬ呼び声があった。
喜右ヱ門だった。正座の膝に乗せた拳を強く握っていた。
「昼間は居てくれて、正直、助かっただ。だども……」
一郎は遮る様に言った。
「俺が居なくても今迄、光希に手を出さなかったのは、何故だ?」
喜右ヱ門の膝の上の拳が更に強く握られた。
「こんな、誰も来ないような家屋に一人で暮らしてるんだ。いくらでもチャンスはあった筈だ。ただの罪悪感や世話焼きだけで我慢していたとは、思えない」
見張っているようだと、続けた。
「姥ぁは、お前に何て言った?光希に特別な想いを抱いているお前の気持ちを、知っていた筈だ」
喜右ヱ門の光が黒い溶岩の塊のような光だけに戻った。
私が身を乗り出し気味に制止しようとすると、一郎はまた掌を閃かせ、制止をかけてきた。そして、分っている、と言った。
「喜右ヱ門にはチヨ婆さまが居る。下手に喋ると、かつての光希のように村中から冷たい目を向けられ、村八分の目に遭う。だから、喋れねぇんだろ」
俯いていた喜右ヱ門の肩が小さく震え始めた。
一郎は分っていた。
彼が言った事は、こう思っているのだろうと、まさに私が心配していた事だった。
「我ぁは……、光希様を、救いてぇ……。だども、一つの事を喋れば、全て喋らねばならね。知らなければ良いという事もあるさ……。これ以上は喋れね」
「……喜右ヱ門?」
訊き返すように私は呼んだ。
独り善がりだろうか?チヨ婆さまの事もあるだろうが、喜右ヱ門が黙っているのは、私の為でもあるように思えた。
小さな肩に手を回そうとすると、避けられた。
「喋らねのは、卑怯だ。だども……、勘弁してけろ」
喜右ヱ門は畳に手をついて下がり、許しを請うように頭を下げた。
一郎は、分かったと、もう一度言った。
「俺がこの村を変えてやる」
何をいきがって、とは誰も、言わなかった。
喜右ヱ門も冬季も私も、心の底では誰もが、そう言ってくれる人が現れるのを待っていたのかもしれない。
私だけでなく、二人も一郎を見詰めた。
期待や不安が入り混じった奇妙な沈黙が降りた。
それを破ったのは一郎だった。
「もうこんな時間か」
壁の時計を見上げると、零時をとうに回り、1時に近かった。
喜右ヱ門が、一郎を気にしつつも、朝が早いからと、立ち上がった。
一郎は止めなかった。
私の窮状をよく理解してくれている喜右ヱ門が社務所へと帰って行き、私は心細くなった。
「問題は光希だな」
ひそひそと話す一郎の声が、玄関で喜右ヱ門を見送った私の元に聞こえてきた。
「まともな考えをもっているようで、誰よりもどっぷり浸かっているように思える」
火鉢の傍に立ち上がり、冬季も向かい合うように立ち上がっていた。
「同感だな」
冬季も小声で返した。
「さらりと応えるな。お前、ムラッ、とくる気持ちは、分るが……。そもそもお前が、簡単にネジを外すか?」
「気持ちがあるからだろうが、体が引き寄せられている、そんな風に思う。村に帰ってきてからは、それが酷い」
首の後ろに、一郎は手を当てた。
「光希」
呼ばれた。
「何?」
返事をしたが、一郎は玄関脇の壁の方へ歩いていった。
「神事に初めて関わったって言う、その場所に、行ってみようぜ」
「えっ。どうして。山に!?」
尻込みする私を無視し、壁に掛けてあった上着を一郎は押し付けてきた。
「確かめたい事がある。いいから、来い」
そう言って、一郎は玄関に下りた。
私は慌てた。
「駄目だ。禁忌の場所なのだ。あそこは、安易に入っては」
「冬季。連れて来い」
「冬季っ」
助けを請うように振り返ったが、背後から両肩を優しく掴まれた。
「何か考えがあるのだろう。行こう、光希」
あれだけの会話で何をっ?
意気投合した事に驚いたが、疑問が口をつくよりも、恐怖が勝り、叫びに似た声が出た。
「嫌だ!あそこはっ」
「私も、行って、確かめたい事がある」
「何?それは」
ぐい、と背中を強く押され、応えが聞けそうも無い二人の無言の迫力に、私はやむなく家屋を後にした。
後になって思えば、私の本当の波乱は、この時から始まった。
喜右ヱ門がおずおずと口を開いた。
済まない気持ちで私は微笑んだ。彼が村の問題に目を背けようとする理由に心当たりが一つあった。それでも、何もないのだと、今迄通りの盲目状態に戻る事は出来ない気持ちだった。
「村の因習に囚われない一郎のお陰で、何が大事なのかが、分かった。暴くことを恐れず、突き進む力だ」
「分かった分かった」
一郎が掌をひらひらとさせて振り返り、何事も無かったかのように火鉢の傍の元の位置に戻った。
「深刻に考えるな。頭が重くなる」
深刻さを醸し出していたのはお前だと、彼以外の誰もが、思った事だろう。
居心地悪そうに一郎は、首の後ろを撫でた。
「俺は正直、この村に、馴染めない。余所者だからだろうが何だろうが、感覚的に理解出来ない。客観的な見方しか出来ない」
ないないない、と繰り返し、だが、と顔を上げた。
「お前達にもおかしいと思う気持ちは、あると、思っている」
それはそうだ。
私が応えようとすると、掌を翳(かざ)されて止められた。
「怪我を負わされるかもしれない神事が良い事か?
そうした神事が行われていると知っていて、反対の声を尚も上げないのか?」
今更と思える事を一郎は、確認するように喜右ヱ門と冬季に向けて言った。
「お前らが一番おかしいのは、そこだ」
喜右ヱ門と冬季は黙って俯き気味になった。
「おかしいと思う気持ちから結局は逃げ、従順になってしまっている」
二人は何も反論しないでいる。
一郎は、私に顔を向けた。
「一人が犠牲になっても、この村は救われない」
妙にはっきりとした言葉に、私の心臓が、どきり、と萎縮した。
「俺がお前を犠牲になど、させない。
まともな神経をもってる奴は、こう、考えるところだ」
今度は、違う意味で、私の心臓がどきりとした。
「一郎。私は守られ一辺倒に値するような、そのような人間ではない。話を聞いて分った筈だ」
「どうしてそうやって、気持ち的に俺を切り離そうとする」
恐いからだ。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
一郎のように恐れも迷いもなく進む者は、そうは居ないだろう。まして己に向かってきていると分っては。
自分でも知らない、どうしようもなく愚かな顔が現れてきそうな気がする。
「お前(め)……」
思わぬ呼び声があった。
喜右ヱ門だった。正座の膝に乗せた拳を強く握っていた。
「昼間は居てくれて、正直、助かっただ。だども……」
一郎は遮る様に言った。
「俺が居なくても今迄、光希に手を出さなかったのは、何故だ?」
喜右ヱ門の膝の上の拳が更に強く握られた。
「こんな、誰も来ないような家屋に一人で暮らしてるんだ。いくらでもチャンスはあった筈だ。ただの罪悪感や世話焼きだけで我慢していたとは、思えない」
見張っているようだと、続けた。
「姥ぁは、お前に何て言った?光希に特別な想いを抱いているお前の気持ちを、知っていた筈だ」
喜右ヱ門の光が黒い溶岩の塊のような光だけに戻った。
私が身を乗り出し気味に制止しようとすると、一郎はまた掌を閃かせ、制止をかけてきた。そして、分っている、と言った。
「喜右ヱ門にはチヨ婆さまが居る。下手に喋ると、かつての光希のように村中から冷たい目を向けられ、村八分の目に遭う。だから、喋れねぇんだろ」
俯いていた喜右ヱ門の肩が小さく震え始めた。
一郎は分っていた。
彼が言った事は、こう思っているのだろうと、まさに私が心配していた事だった。
「我ぁは……、光希様を、救いてぇ……。だども、一つの事を喋れば、全て喋らねばならね。知らなければ良いという事もあるさ……。これ以上は喋れね」
「……喜右ヱ門?」
訊き返すように私は呼んだ。
独り善がりだろうか?チヨ婆さまの事もあるだろうが、喜右ヱ門が黙っているのは、私の為でもあるように思えた。
小さな肩に手を回そうとすると、避けられた。
「喋らねのは、卑怯だ。だども……、勘弁してけろ」
喜右ヱ門は畳に手をついて下がり、許しを請うように頭を下げた。
一郎は、分かったと、もう一度言った。
「俺がこの村を変えてやる」
何をいきがって、とは誰も、言わなかった。
喜右ヱ門も冬季も私も、心の底では誰もが、そう言ってくれる人が現れるのを待っていたのかもしれない。
私だけでなく、二人も一郎を見詰めた。
期待や不安が入り混じった奇妙な沈黙が降りた。
それを破ったのは一郎だった。
「もうこんな時間か」
壁の時計を見上げると、零時をとうに回り、1時に近かった。
喜右ヱ門が、一郎を気にしつつも、朝が早いからと、立ち上がった。
一郎は止めなかった。
私の窮状をよく理解してくれている喜右ヱ門が社務所へと帰って行き、私は心細くなった。
「問題は光希だな」
ひそひそと話す一郎の声が、玄関で喜右ヱ門を見送った私の元に聞こえてきた。
「まともな考えをもっているようで、誰よりもどっぷり浸かっているように思える」
火鉢の傍に立ち上がり、冬季も向かい合うように立ち上がっていた。
「同感だな」
冬季も小声で返した。
「さらりと応えるな。お前、ムラッ、とくる気持ちは、分るが……。そもそもお前が、簡単にネジを外すか?」
「気持ちがあるからだろうが、体が引き寄せられている、そんな風に思う。村に帰ってきてからは、それが酷い」
首の後ろに、一郎は手を当てた。
「光希」
呼ばれた。
「何?」
返事をしたが、一郎は玄関脇の壁の方へ歩いていった。
「神事に初めて関わったって言う、その場所に、行ってみようぜ」
「えっ。どうして。山に!?」
尻込みする私を無視し、壁に掛けてあった上着を一郎は押し付けてきた。
「確かめたい事がある。いいから、来い」
そう言って、一郎は玄関に下りた。
私は慌てた。
「駄目だ。禁忌の場所なのだ。あそこは、安易に入っては」
「冬季。連れて来い」
「冬季っ」
助けを請うように振り返ったが、背後から両肩を優しく掴まれた。
「何か考えがあるのだろう。行こう、光希」
あれだけの会話で何をっ?
意気投合した事に驚いたが、疑問が口をつくよりも、恐怖が勝り、叫びに似た声が出た。
「嫌だ!あそこはっ」
「私も、行って、確かめたい事がある」
「何?それは」
ぐい、と背中を強く押され、応えが聞けそうも無い二人の無言の迫力に、私はやむなく家屋を後にした。
後になって思えば、私の本当の波乱は、この時から始まった。
蛇神−光希編 8
2007-05-08
境内での神事。
余所者には決して話さない話は、全て語り終えた。
恥ずかしさに赤くなった顔を私は、どうする事も出来ず、皆の反応を待った。
喜右ヱ門は萎(しぼ)んだ様にように俯いている。
黒い光の合間から覗いていた光は、眩しさをすっかり失っている。
冬季は、顔を僅かに背け、姿勢は変わらず背筋の良い正座姿をしている。
波のない水面のような彼の光は、石がいくつも投げ込まれて次々と波紋が広がってゆくように変化し続けている。
二人が思っていたような私ではなかった事に、失望し、驚いているのだろう。
神童などではない事だけは確かで、掛ける言葉もない様子に、思えた。
一郎は、話の途中から腰を上げ、私の斜め後ろで、背を向けて経ち続けている。
私は自嘲気味に言葉を紡いだ。
「神饌を運ぶ役目については、嫌でもなく、不安もなかった……」
一郎を意識しつつ、言葉を続けた。
「その神事以来、識峰様と顔を合わせるのが減った。気恥ずかしかった。識峰様もそうなのだろう、日常で互いに会う事が全くなくなり、手紙の遣り取りだけになった。だが、神事の役目は相変わらず続いた」
怒りに似た光を放って傲然と立ち続ける一郎の後姿からは、拒む事はしなかったのかという、心の声が聞こえるように思えた。
「私は今でも、識峰様を救いたいと思っている」
純粋に私の身を案じて戻ってきてくれた一郎。
「この話をしようと思ったのは、神泊神社の、村の、未だ謎の蓋を全て開け、皆が閉じよう閉じようとする中身を、両親の為、自分の為、そう言いつつも、識峰様の為に知りたいと思う気持ちがあると知って欲しかったからだ」
心強いと思いつつ、巻き込んだ一郎。
「私自身の事を調べるのが近道ならば、勿怪(もっけ)の幸い」
もう昔のようにじゃれ合って遊ぶ事はないだろう。
「これが、私の本心だ」
ガン、と壁を叩く音が、背後から起こった。
二間ある内の奥の部屋へと一郎は、入った。壁を殴っただろう拳を握ったまま、電灯の灯されていない暗い中、胡坐に座り込んだ。
話をするよう私に促したのは一郎だ。
想像していた以上の私の体たらくだったのだろう。
怒りに満ちた沈黙が奥の間から漂ってきていた。
つづく
後に訂正したいなどと言っていた光希の心の内。
この章の最初に書き足りなかったのですが、
小説というのは書きながら進行するのだと……、今回、思いました。
未熟者です。あははん♪プロット?何、それ♪
書き足りなかった事を、光希が喋っちゃいましたよ。
作者よりも登場人物の方が、時に強者になる。それがc.pの小説です……。
ちなみに光希編は次回で終わります。
余所者には決して話さない話は、全て語り終えた。
恥ずかしさに赤くなった顔を私は、どうする事も出来ず、皆の反応を待った。
喜右ヱ門は萎(しぼ)んだ様にように俯いている。
黒い光の合間から覗いていた光は、眩しさをすっかり失っている。
冬季は、顔を僅かに背け、姿勢は変わらず背筋の良い正座姿をしている。
波のない水面のような彼の光は、石がいくつも投げ込まれて次々と波紋が広がってゆくように変化し続けている。
二人が思っていたような私ではなかった事に、失望し、驚いているのだろう。
神童などではない事だけは確かで、掛ける言葉もない様子に、思えた。
一郎は、話の途中から腰を上げ、私の斜め後ろで、背を向けて経ち続けている。
私は自嘲気味に言葉を紡いだ。
「神饌を運ぶ役目については、嫌でもなく、不安もなかった……」
一郎を意識しつつ、言葉を続けた。
「その神事以来、識峰様と顔を合わせるのが減った。気恥ずかしかった。識峰様もそうなのだろう、日常で互いに会う事が全くなくなり、手紙の遣り取りだけになった。だが、神事の役目は相変わらず続いた」
怒りに似た光を放って傲然と立ち続ける一郎の後姿からは、拒む事はしなかったのかという、心の声が聞こえるように思えた。
「私は今でも、識峰様を救いたいと思っている」
純粋に私の身を案じて戻ってきてくれた一郎。
「この話をしようと思ったのは、神泊神社の、村の、未だ謎の蓋を全て開け、皆が閉じよう閉じようとする中身を、両親の為、自分の為、そう言いつつも、識峰様の為に知りたいと思う気持ちがあると知って欲しかったからだ」
心強いと思いつつ、巻き込んだ一郎。
「私自身の事を調べるのが近道ならば、勿怪(もっけ)の幸い」
もう昔のようにじゃれ合って遊ぶ事はないだろう。
「これが、私の本心だ」
ガン、と壁を叩く音が、背後から起こった。
二間ある内の奥の部屋へと一郎は、入った。壁を殴っただろう拳を握ったまま、電灯の灯されていない暗い中、胡坐に座り込んだ。
話をするよう私に促したのは一郎だ。
想像していた以上の私の体たらくだったのだろう。
怒りに満ちた沈黙が奥の間から漂ってきていた。
つづく
後に訂正したいなどと言っていた光希の心の内。
この章の最初に書き足りなかったのですが、
小説というのは書きながら進行するのだと……、今回、思いました。
未熟者です。あははん♪プロット?何、それ♪
書き足りなかった事を、光希が喋っちゃいましたよ。
作者よりも登場人物の方が、時に強者になる。それがc.pの小説です……。
ちなみに光希編は次回で終わります。
蛇神−光希編 7
2007-05-02
血に濡れた腕が、私の袴から肌に赤を刷きつつ、内側を撫で進み、奥に向った。
「あ、うぁ、あ」
さすがに先を察し、逃れようとした。未だ胸元を掴まれており、足をばたつかせただけで、するする、と中に入り込んだ。
「んんっ」
するり、と握られたまま擦られ、びくっ、と私の足が跳ねた。
こうもあっさりとっ……。
心していた筈なのに、意思に反して変化してゆくのが分った。蛇神の手は熱く、私自身の熱さに加え、与えられた熱に反応して止めようもなく熱くなり、一層、思考が溶けた。
「……ぁ……、くっ、ぅ……」
尚も続けて愛撫され、蛇神の胸元に縋りついた。
先端を、ぐるり、と一周され、ひときわ大きな呻き声が私の口から漏れ、縋りつく手に耐える最後の力を、ぐっ、と籠めた。
一気に極限にまで上り詰めてしまうのを感じながら、どうしようもなかった。
もう……。
パァンッ、と鋭い音がし、サァー、と雪明りが室内を照らした。
つづく
幕引きです。光希の語りは、ここで終了です。
鬼ですか?(苦笑
続きはG.W明けに。
現代に戻ったところからv
「あ、うぁ、あ」
さすがに先を察し、逃れようとした。未だ胸元を掴まれており、足をばたつかせただけで、するする、と中に入り込んだ。
「んんっ」
するり、と握られたまま擦られ、びくっ、と私の足が跳ねた。
こうもあっさりとっ……。
心していた筈なのに、意思に反して変化してゆくのが分った。蛇神の手は熱く、私自身の熱さに加え、与えられた熱に反応して止めようもなく熱くなり、一層、思考が溶けた。
「……ぁ……、くっ、ぅ……」
尚も続けて愛撫され、蛇神の胸元に縋りついた。
先端を、ぐるり、と一周され、ひときわ大きな呻き声が私の口から漏れ、縋りつく手に耐える最後の力を、ぐっ、と籠めた。
一気に極限にまで上り詰めてしまうのを感じながら、どうしようもなかった。
もう……。
パァンッ、と鋭い音がし、サァー、と雪明りが室内を照らした。
つづく
幕引きです。光希の語りは、ここで終了です。
鬼ですか?(苦笑
続きはG.W明けに。
現代に戻ったところからv
蛇神−光希編 6
2007-05-01
背の冷たい蛇が突如、燃えるように熱くなった。
蛇神の胸元辺りを夢中で掴み、逃れるように体を反らした。
傷の内部をゆるゆると撫で擦られ、声を抑えようとしても、抑える事が出来なかった。
「……うっああぁっ」
熱いっ。
まるで傷口から火を入れられたかのようだった。それが全身に回り、血が沸いた。
あの時と同じだっ。
初めて神事を受けた時の事が、頭の中に蘇った。
こうなる前に、更に傷を負わされてでも、この場を去るべきであった。
既に遅く、震えていた体の緊張が熱によってだらしなく緩んでゆく。沸いた血が、頭の中まで回り、焼け爛れたように思考が溶けた。
傷口を執拗に撫で上げられ続けた。
「くぅっ……、んぅ……っ」
私の口から呻き声ともつかない声が漏れ続ける。その唇を、ちろ、と舐められた。
「ふ……ふふっ……」
蛇神が艶笑した。
背の蛇が離れ、血に濡れた掌が目の前に、現れた。
腕だったのかっ?
背に触れていた蛇だと思っていたのは、腕だった事に気付いた。
血に濡れた指先で、蛇神は紅を刷くように、私の唇を丁寧になぞった。
まるで娘に化粧を施してやった母親のように。
愛を含んだ満足気な笑みを浮かべた。
識峰様……っ。
正気に戻って欲しかった。
もう二度としないと言ったのは、本心からなのか。
神泊りを、意思で終える事が出来る、とは聞いた事がない。
望みとの矛盾。
不可能なのか。
体の制御がきかなくなってゆく焦りが、理性を支える希望を少しずつ絶ってゆく。
つづく
蛇神の胸元辺りを夢中で掴み、逃れるように体を反らした。
傷の内部をゆるゆると撫で擦られ、声を抑えようとしても、抑える事が出来なかった。
「……うっああぁっ」
熱いっ。
まるで傷口から火を入れられたかのようだった。それが全身に回り、血が沸いた。
あの時と同じだっ。
初めて神事を受けた時の事が、頭の中に蘇った。
こうなる前に、更に傷を負わされてでも、この場を去るべきであった。
既に遅く、震えていた体の緊張が熱によってだらしなく緩んでゆく。沸いた血が、頭の中まで回り、焼け爛れたように思考が溶けた。
傷口を執拗に撫で上げられ続けた。
「くぅっ……、んぅ……っ」
私の口から呻き声ともつかない声が漏れ続ける。その唇を、ちろ、と舐められた。
「ふ……ふふっ……」
蛇神が艶笑した。
背の蛇が離れ、血に濡れた掌が目の前に、現れた。
腕だったのかっ?
背に触れていた蛇だと思っていたのは、腕だった事に気付いた。
血に濡れた指先で、蛇神は紅を刷くように、私の唇を丁寧になぞった。
まるで娘に化粧を施してやった母親のように。
愛を含んだ満足気な笑みを浮かべた。
識峰様……っ。
正気に戻って欲しかった。
もう二度としないと言ったのは、本心からなのか。
神泊りを、意思で終える事が出来る、とは聞いた事がない。
望みとの矛盾。
不可能なのか。
体の制御がきかなくなってゆく焦りが、理性を支える希望を少しずつ絶ってゆく。
つづく
蛇神−光希編 5
2007-04-30
事態の妖しさに気付き、怯(ひる)んだ。
あっ。
それが油断だった。鷲掴みに胸元を摑まれ、物凄い力で床に引き摺り倒された。
「うぅっ」
背中に火傷を負った時のような痛みを感じ、呻いた。
すぐさま半着ごと上半身を持ち上げられ、自分の身に何が起こったのか、分からなかった。
この時は唯、自分の冷えた肌に流れ落ちてゆく、生温かさに、怪我をしたとしか、思わなかった。
後で思い返して分った事だが、床に散乱していた割れた瓶子や杯の欠片で、半着はおろか中の皮膚まで引き裂かれていた。
匂いが立ち上り、込み上げてきた吐き気を抑えた。
血に対しては嫌悪感があった。
神事を初めて受けたあの晩からというもの、自分のものであっても、より強い嫌悪感を抱くようになっていた。
噛み付かれた時の恐怖が蘇る所為だろう。
首に冷たい唇が触れ、吐き気が吹き飛び、身が恐怖に固まった。
うっ。
噛み付かれる、と思った。今度は、首、である。噛み付かれれば大怪我で済むかどうか。
歯は当てられなかった。
ちろり、と、蛇が舐めるように冷たい舌が触れた。
思わず力任せに相手の腕を掴んだ。それでも蛇神は構わなかった。青白く輝く蛇が、半着の胸元から滑り入り、背中へと回ってきた。
「う……ぁ……」
恐ろしく冷たい。それが、背の傷口を広げるように押し擦った。
「く……ぅ……っ」
冷たいのか、痛いのか、分らなかった。歯を食い縛り、目を堅く閉じ、逃げ出したいのを、堪えた。
にやり、と、蛇神が、口を裂くようにして、笑った。
つづく
あっ。
それが油断だった。鷲掴みに胸元を摑まれ、物凄い力で床に引き摺り倒された。
「うぅっ」
背中に火傷を負った時のような痛みを感じ、呻いた。
すぐさま半着ごと上半身を持ち上げられ、自分の身に何が起こったのか、分からなかった。
この時は唯、自分の冷えた肌に流れ落ちてゆく、生温かさに、怪我をしたとしか、思わなかった。
後で思い返して分った事だが、床に散乱していた割れた瓶子や杯の欠片で、半着はおろか中の皮膚まで引き裂かれていた。
匂いが立ち上り、込み上げてきた吐き気を抑えた。
血に対しては嫌悪感があった。
神事を初めて受けたあの晩からというもの、自分のものであっても、より強い嫌悪感を抱くようになっていた。
噛み付かれた時の恐怖が蘇る所為だろう。
首に冷たい唇が触れ、吐き気が吹き飛び、身が恐怖に固まった。
うっ。
噛み付かれる、と思った。今度は、首、である。噛み付かれれば大怪我で済むかどうか。
歯は当てられなかった。
ちろり、と、蛇が舐めるように冷たい舌が触れた。
思わず力任せに相手の腕を掴んだ。それでも蛇神は構わなかった。青白く輝く蛇が、半着の胸元から滑り入り、背中へと回ってきた。
「う……ぁ……」
恐ろしく冷たい。それが、背の傷口を広げるように押し擦った。
「く……ぅ……っ」
冷たいのか、痛いのか、分らなかった。歯を食い縛り、目を堅く閉じ、逃げ出したいのを、堪えた。
にやり、と、蛇神が、口を裂くようにして、笑った。
つづく
蛇神−光希編 4
2007-04-27
私の手首を、白い手は今も尚も掴んでいる。
這い出してきた蛇は、遊ぶようにして、二の腕辺りに迄巻き付いている。
触感はない。それが救いでもあり不気味でもあった。
「蛇神様……」
とうとう根負けした私は、情けない声で、選りによって止められていた名を口にしてしまった。
ざぁ、と、被り物を後ろに落とすかのようにして射干玉の闇が払われ、姿が現れた。
……ああ……。
私は顔を背けたい衝動を抑え、目を瞑った。
識峰の容貌は変わらぬが、素肌が匂い立たんばかりの淡い燐光を放ち、余程滑らかに見える。
双眸は赤く、濡れたように輝いている。それでいて、感情のない真顔である。
何等かの強い意思を宿したかのような真顔は、あの晩の時とは又別の、逆らう事を許さない威圧感があった。
常の識峰では、ない。彼は平常、微笑みを絶やす事はなかった。
それに比べてこの変わり様。
泊まる度に変貌も違うのだが、その度に顔を背けたくさせられる。
否。これは識峰でなく、蛇神だ。この変貌は、蛇神の仕業だ。
普段の彼ではないと、平常を保つ事だけに集中した。
闇の中に蛇神が青白く浮かび上がり、ここに居る。だけでなく、雪代水のように冷たい手で、私の腕を掴んでいる。
……まずい……。
事の妖しさに気付いた。
つづく
這い出してきた蛇は、遊ぶようにして、二の腕辺りに迄巻き付いている。
触感はない。それが救いでもあり不気味でもあった。
「蛇神様……」
とうとう根負けした私は、情けない声で、選りによって止められていた名を口にしてしまった。
ざぁ、と、被り物を後ろに落とすかのようにして射干玉の闇が払われ、姿が現れた。
……ああ……。
私は顔を背けたい衝動を抑え、目を瞑った。
識峰の容貌は変わらぬが、素肌が匂い立たんばかりの淡い燐光を放ち、余程滑らかに見える。
双眸は赤く、濡れたように輝いている。それでいて、感情のない真顔である。
何等かの強い意思を宿したかのような真顔は、あの晩の時とは又別の、逆らう事を許さない威圧感があった。
常の識峰では、ない。彼は平常、微笑みを絶やす事はなかった。
それに比べてこの変わり様。
泊まる度に変貌も違うのだが、その度に顔を背けたくさせられる。
否。これは識峰でなく、蛇神だ。この変貌は、蛇神の仕業だ。
普段の彼ではないと、平常を保つ事だけに集中した。
闇の中に蛇神が青白く浮かび上がり、ここに居る。だけでなく、雪代水のように冷たい手で、私の腕を掴んでいる。
……まずい……。
事の妖しさに気付いた。
つづく
蛇神−光希編 3
2007-04-26
果たして合っていただろうか?
三方の前に額ずいて反応を待った。
暫く待ったが、何等、反応が、ない。
私は神酒の入った瓶子を手に取り、勧めた。これで闇が反応し、杯を取れば合っている。逆、暴れ出したり無反応であったりすれば、失敗、である。
杯は取らなかった。
代わり、冷たい物が私の手首を掴んだ。
……。
霧散しかけた平静を、辛うじて抱え保った。
射干玉の闇の内から、人間とは思われない程冷たい、白い腕が伸びていた。
ざわざわ、と闇がざわめいている。その内より更に、にゅる、と白い物が一筋現れた。
私の腕を掴んでいる白い腕を伝い、こちらの腕に迄巻き付いてきた。
……成程、これは蛇神、だろう。
蛇神の集合体。
幾つもの蛇神が集まり、一つの神になっているようだ。
蛇神は寒さを嫌い、明りを嫌う。
姥様には多分分っていたのだろう。
分っていても、姥様はその名を決して口にしない。
代わり、神が泊まった神主に対する心得として、こう、教えられていた。
「感覚によってのみ、その正体を捉えよ。だが、正体を悟っても御名を口にしては、ならぬ。
余程不気味なものであっても、態度に出してはならぬ。
不敬のない事のみ集中し、己の役目を良く、果たせ」
この役目を担わされた始めに教わりし、唯一の心構えであった。
この場合は如何としたものか。
私の役目は神饌を捧げる事に終始している。
こう、杯ではなく、腕を取られたのでは対処に困る。
確かに神霊が泊まってはいるようだが、この蛇神がどのような質であるのかは、私には分らない。もし分ったとしても、対処の仕様がない。相手が神である以上、手を振り払うなどの抵抗を示すのは無論不敬である。
人格のようなものをもつ神を、殊更に信じている訳ではなかったが、境内に住む身では習わざるを得なく、不敬な事は出来なかった。かと言って何もしないのも具合が悪い。
人間の感覚における間の悪さを神霊が同じように持ちえているのかは分らないが、このままでは先に私の精神の方が参ってしまうのは確実だった。
……どう、すれば良い?
つづく
三方の前に額ずいて反応を待った。
暫く待ったが、何等、反応が、ない。
私は神酒の入った瓶子を手に取り、勧めた。これで闇が反応し、杯を取れば合っている。逆、暴れ出したり無反応であったりすれば、失敗、である。
杯は取らなかった。
代わり、冷たい物が私の手首を掴んだ。
……。
霧散しかけた平静を、辛うじて抱え保った。
射干玉の闇の内から、人間とは思われない程冷たい、白い腕が伸びていた。
ざわざわ、と闇がざわめいている。その内より更に、にゅる、と白い物が一筋現れた。
私の腕を掴んでいる白い腕を伝い、こちらの腕に迄巻き付いてきた。
……成程、これは蛇神、だろう。
蛇神の集合体。
幾つもの蛇神が集まり、一つの神になっているようだ。
蛇神は寒さを嫌い、明りを嫌う。
姥様には多分分っていたのだろう。
分っていても、姥様はその名を決して口にしない。
代わり、神が泊まった神主に対する心得として、こう、教えられていた。
「感覚によってのみ、その正体を捉えよ。だが、正体を悟っても御名を口にしては、ならぬ。
余程不気味なものであっても、態度に出してはならぬ。
不敬のない事のみ集中し、己の役目を良く、果たせ」
この役目を担わされた始めに教わりし、唯一の心構えであった。
この場合は如何としたものか。
私の役目は神饌を捧げる事に終始している。
こう、杯ではなく、腕を取られたのでは対処に困る。
確かに神霊が泊まってはいるようだが、この蛇神がどのような質であるのかは、私には分らない。もし分ったとしても、対処の仕様がない。相手が神である以上、手を振り払うなどの抵抗を示すのは無論不敬である。
人格のようなものをもつ神を、殊更に信じている訳ではなかったが、境内に住む身では習わざるを得なく、不敬な事は出来なかった。かと言って何もしないのも具合が悪い。
人間の感覚における間の悪さを神霊が同じように持ちえているのかは分らないが、このままでは先に私の精神の方が参ってしまうのは確実だった。
……どう、すれば良い?
つづく
