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タダ読みたくて

自作小説「神泊村」を連載しているブログです

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雪椿の場 2

 二人には辺りが闇ばかりに見えているのだろうが、迷わずに後を付いてきていた。雪を踏む私の音や気配から方向の見当が付くようである。危なくない足取りで付いてくる。
 今更あの場所に戻ったところで、何が分るというのだろう。
「光希」
 いつの間にか冬季が隣に並んでいた。
「今夜は神事があって登っているのではない」
「分っている」
 承知している。
 だが、理性だけでは恐怖と嫌悪感は消えない。
 あそこに未だ、あの「赤」があるかもしれないと思うと尚更。
 場に着いて平常心を保っていられるか、自信がない。
「一郎も居る」
「ん?」
「一番あいつが危ないかも、だが」
 苦笑で私は応えた。
 彼なりに気遣ってくれているのが分った。
 冬季も、内心ではあそこには戻りたくないだろう。あの晩の事はそれだけ常軌を逸していたし、拭えない恐怖を生んだ。
 気を使っているとはいえ、一郎を出してくるのは、私と二人だけであったなら、あの山には登ろうという気にもならなかっただろうという事だ。

「冬季」
「何だ」
 いつもの無感情な返事。私は再び苦笑した。
 冬季は自身の変化に気付いているのだろうか。昔と比べ、一郎に対する態度が随分と変わっている。信頼しているのだ。色々と話を聞いたと言っていたが、良くも悪くも、開けっ広げな内容だったであろう。裏表のない性格に触れ、彼の中の頑なな何かが徐々に崩れ始めているのかもしれない。
「宿泊所はどう?楽しい?」
 私が臥せっていた約一月の間、彼がどのように過ごしているのか、本人の口からは訊いていなかった。
「賑やかだ」
 短く応える彼の水面のような光が、わずかに揺らいでいる。
「一郎が?」
「改めて確認する事でもないだろう」
 諦め気味に言う冬季がおかしく、笑った。

「他に十五、六人程度が泊まっている」
「多いな」
「神事の始まったばかりの時期にしては、多いそうだな。今年は春が早い。訊けば、見越して早目に来たらしい」

 恐らく正しい。
 例年より早い。
 本格的に神事が始まる時期はすぐそこまできている。
 じわりとした焦りが、胸の奥から上がってくる。本当は、臥せっていた間も、こんな事をしている場合ではないという焦りを抑え続けていた。

「冬季。意見を訊きたいから話すと、私が言ったのを覚えているか?記憶を確かめあった上で、訊いてみたい事があった」
「ばたばたして忘れていたな。何だ?」

 私は後ろを振り向いた。
 一郎は少し遅れて登っている。足取りは危なくないが、時折足を止め、辺りを見回しながらついてくる。夜の雪山が珍しいのだろう。まるで興味深々の子犬と言った体だ。
 私の焦りが彼に理解出来るだろうか……。

「冬季。初めての神事の時、季の訪れが早かったのを覚えているか?」
「確かに春が早かったな」
「蛇神が泊まった神事の時も、早かった」
「……ふ……む」
「偶然。かもしれないが……、季節のズレがもしや、神霊に何等かの影響を及ぼしているのでは……と、私なりに思うのだ。季の乱れがそれ程でもない年は、神霊も大人しいように思う。実際、そんな年は特別に変わった事は起こらずに済んでいる」
「そうなのか」
「うん。と言っても、神霊の行動など、計れるものではないが。喜右ヱ門は、過去の神事の記録を見られる。一番、統計的な意見が聞けると思ったのだが……」
「今年も、……早い」
 慎重に言う冬季の言葉に、私の心臓が、どくり、と脈打つ。

 冬季は足元の雪を掬い上げ、さらさらと落とした。
「本当に、居るのだろうか。神霊などというものが」
「分からない」
 意外な出来事に遭ったように、冬季の光が揺らいだ。
「見えるのではないか?光希は」
「今更この様な事言うのは、妙だとは思うだろうが……。私が見たものが神霊であるかどうかの確証はないのだよ。だけど、何等かの力、と言うのは存在するとは、思う」
「喜右ヱ門も見ていた」
「ああ。あの時、たまたま、同じように感じ取ったのではないかな。何等かの力というものにも、特性や方向性があるのかもしれない。蛇神の様に見えたあれが、そもそも、何であるか。同じように見え、思えていたとしても、実際は形のないものだ。個人の考えに差があるように、感覚で得たもののそれが、同じものとは言い切れぬ。要は、誰が、何を、どう感じ取か、共有し得るかだ。であるから、他の人と違うものを、私の目が見ていたとしても、それが神霊とか何等かの力か、というものの存在の立証には、ならない。立証自体、出来かねるのでは、と思っている」
「そう、なのか?」
 納得しかねるといった冬季の応えに、私は苦笑した。
「今では境内に住まわせて貰っているが、私は別に、特別な存在でも、神に愛された者でもないし、それは冬季が一番知っていると思っていたけど。神はいるのか?という大それた質問に応えられる確証なんて、私にもないよ」
「そうか。変な事を訊いたな。悪かった」
「否、私も無茶な事を訊いた。掴めないもの相手に、闇雲に憶測するものではないな。少し、焦っている」
「そうか。私もだ」
「え」
「急な呼び戻しに。今年はいつもと違って何かあるのか。未だによく分らないまま、留め置きだ」
「そうか……。そうだったな」
 私は自分の事しか考えていなかったのを恥じた。
「光希の場合、季が早い年にいつもと違う事を繰り返し経験していては、焦る気持ちは私より強いだろうな」
「否、そんな事は……」
「神をも恐れぬ子の来訪」
 言いながら冬季は後ろを振り返った。
 相変わらず一郎は観光気分で少し後ろを登ってきている。
「本来ならばとうに姥様が追い出していてもおかしくない。放っているのは、大丈夫だという自信が、姥様にはあるのだろうな。どこにそんな自信があるのだ?」

 応えられる人物は闇の中、深く長い、沈黙の眠りについているだろう。
 やがて、あの夜と同じ場所へと辿り着いた。


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