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タダ読みたくて

自作小説「神泊村」を連載しているブログです

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識峰 2

社務所の中は暖かかった。
私は識峰の後について、一階の奥にある彼の自室に向った。
廊下は暗く、しん、としていた。
人の気配がなかった。
あれだけ騒いでいたのに、識峰の他には誰も置き出してこなかったのか。

「心配ないよ」
周囲を窺っている事に気付いたのか、識峰が囁くように言った。
「姥様が起きてこられたが、自室に戻られた。他は、皆、眠っている」
「戻られた?姥様は、禁忌を犯した私達に何も言われなかったのですか?」
一言もなく戻るとは考えにくい。
ふふっ、とくすぐったいかのような笑み声を識峰は零した。
「言った。が、私が大事ない、と言うと、ふん、と鼻を鳴らして、戻ったよ」
悪戯をなした後のような屈託ない笑顔を、識峰は見せた。
何かを見つけたかのように黒目が動いた。

……?

腰辺りに視線が下りていたかな。
ある事に気付いて、尻ポケットに右手を突っ込んだ。掌の中の小さな金属を落とす。一郎に返すのを忘れていた。だけでなく、ずっと握り締めていた事に初めて気付いた。
まずい。後で返さないと。よく落とさなかったな。
動揺を殺して向き直ると、何事もなかったかのように識峰は歩を進めている。
拳を握っていたのを変に思ったのかな。
変な誤解をなさっていませんように、と祈る気持ちになった。

廊下に点々と灯る白熱灯は端まで続いている。
突当たりに襖があり、識峰が開いた。
火鉢だろう熱気と、ふわりとした甘い匂いが廊下に溢れ出た。
「お入り」
逡巡したが、今更であるし、熱気を逃がしてしまうのはもったいなく思え、失礼しますと、言って入った。

二階の姥様の自室の真下に当たるこの部屋は、作りは同じく二間で成っている。区切る襖は開かれていて、奥の間に布団が敷かれているのが見えた。寝た様子はなく、掛け布団に乱れがない。廊下側の間の中央に火鉢が据えられており、その脇に識峰が腰を下ろした。私にも座るよう手で促され、遠慮がちに火鉢を挟んで座った。
取っ手の付いた小鍋が掛けられており、甘い匂いはそこから立ち上っていた。極々薄い湯気を立てているその小鍋に識峰がお玉を入れ、白い液体を湯飲みに注いだ。

「識峰様はてっきり、神泊処に詰めていらっしゃるとばかり思っていました」
「あのような寒い所には、長く居られるものではないよ。先日の先触れが済み次第、ここに戻っていた。近頃は、神霊がやって来る気配が、ここに居ても分る。やって来る迄はここでこうして、体を休ませ、温まる事にしている。甘酒だよ。お飲み」
礼を言って受け取った。が、かじかんだ手が上手く動かなく、湯飲みの中に指が入り、甘酒に触れた。
「……熱っ」
反射的に耳朶を掴む。
「頂きます」
湯飲みは肉厚で、じんわりと伝わる熱が嬉しい。息を吹きつけ、二三口続けて飲み下した。体中に熱と甘い芳香が広がるようで、深い安堵の息が大きく出た。自分で思っていた以上に凍えていたようだ。
くすくすと笑い声が立った。
「雪の中に居たのでは、さぞ、体が冷えただろう?」
優しげな笑顔が向けられる。
精神的な緊張も和らいでゆく。

こうして向かい合うのは、一年半前の秋の神事以来だ。


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